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北へ行く雁のつばさに言伝てよ雲の上書きかき絶えずして  (巻第九 離別歌859番 紫式部)   2013/7/1−2013/7/18

 
和歌番号 和歌
0857 たまぼこの道の山風寒からば形見がてらに着なむとぞ思う
たまぼこの みちのやまかぜ さむからば かたみがてらに きなんとぞおもう
道中において山風が寒かったらこの衣服を着てください。そして私を思い起こすよすがにしてください。
0858 忘れなむ世にも越路の帰山いつはた人に逢はむとすらむ
わすれなん よにもこしぢの かえるやま いつはたひとに あわんとすらん
忘れてしまいましょう。どんなことがあっても帰って来ないでしょうから。遠い越路の帰山・五幡山から、いつまた帰って来て逢うつもりなんでしょう。
0859 北へゆく雁のつばさに言伝よ雲の上書きかき絶えずして
きたへゆく かりのつばさに ことづたえよ くものうわがき かきたえずして
北へ帰っていく雁の翼をかりて便りをください。雲の上を掻くように何度も書いて下さいね。
0860 秋霧のたつ旅衣おきて見よ露ばかりなる形見なりとも
あきぎりの たつたびごろも おきてみよ つゆばかりなる かたみなりとも
秋霧がたつ頃に旅立つあなたに贈る私が裁った着物をそばに置いて見てくださいね。露みたいな思い出の品ですが。
0861 見てだにも飽かぬ心をたまぼこの道の奥まで人のゆくらむ
みてだにも あかぬこころを たまぼこの みちのおくまで ひとのゆくらん
お会いするだけでも嬉しく思っている人ですのに陸奥の奥まで行ってしまわれるのですね。
0862 逢坂の関にわが宿なかりせば別るる人は頼ばざらまし
おおさかの せきにわがやど なかりせば わかるるひとワ たのばざらまし
逢坂の関の近くに私の家がなかったらそれっきりでしょうが、此処にいるお陰で旅立つ人とまたお会いできるでしょうね。
0863 着慣らせと思ひしものを旅衣たつ日を知らずなりにけるかな
きならせと おもいしものを たびごろも たつひをしらず なりにけるかな 
いつも着て、身になれさせて下さいと思ってこの着物を裁って縫いましたが、旅立つ日を知りませんでした・
0864 これやさは雲のはたてに織ると聞くたつこと知らぬ天の羽衣
これやさワ くものはたてに おるときく たつことしらぬ あまのはごろも
「たつ」ことを知らないということは、それではこれが、雲のはてにて天人が機を織ると言われてる裁つ必要のない天の羽衣なのですね。
0865 衣川みなれし人の別れには袂までこそ波はたちけれ
ころもがわ みなれしひとの わかれにワ たもとまでこそ なみワたちけれ
見慣れている衣川のように慣れ親しんだ人とのお別れは、袂にまで涙の波が立ちましたよ。
0866 行く末に阿武隈川のなかりせばいかにかせましけふの別れを
いくすえに あぶくまがわの なかりせば いかにかせまし きょうのわかれを
これから行く先に阿武隈川がなかったら、一体どうしたらいいのでしょう、今日のお別れを。でも阿武隈川がありますから逢うこともありますね。
0867 君にまた阿武隈川を待つべきに残り少なきわれぞかなしき
きみにまた あぶくまがわを まつべきに のこりすくなき われぞかなしき
阿武隈川の名前が示すようにあなたにまたお逢い出来る時を待つべきですが、やはり残り少ない人生の私には悲しいことです。
0868 涼しさは生の松原まさるとも添ふる扇の風な忘れそ
すずしさワ いきのまつばら まさるとも そうるおおぎの かぜなわすれそ
涼しさは松原に吹く松風のほんまもんの方がすぐれてますが、またお会いできますように餞別に添えて渡すこの扇の風を忘れないでね。
0869 神無月まれのみゆきに誘はれてけふ別れなばいつか逢ひ見む
かんなづき まれのみゆきに さそわれて きょうわかれなば いつかあいみん
深雪はまれな10月の御幸に招かれて一緒に随行しましたが、今日お別れしましたらいつまたお会いできるでしょうか。
0870 別れてののちも逢ひ見むと思へどもこれをいづれの時とかは知る
わかれての のちもあいみんと おもえども これをいづれの ときとかワしる
お別れした後もまたお会いできると思ってますが、それが何時のことと知ることができるのでしょう。
0871 もろこしもあめの下にぞありと聞く照る日の本を忘れならざむ
もろこしも あめのしたにぞ ありときく てるひのもとを わすれならざん
宋の国も雨の降る天の下にあると聞きます。宋に渡っても日の照る故国を忘れないでください。
0872 分かれ路はこれや限りの旅ならむさらにいくべき心地こそせね
わかれじワ これやかぎりの たびならん さらにいくべき ここちこそせね
この度のお別れはこれが最後となり、私の旅もこれが最後になるのでしょうか。どうしても出発するような気持ちになれません。
0873 天の川空にきえにし舟出にはわれぞまさりて今朝はかなしき
あまのかわ そらにきえにし ふなでにワ われぞまさりて けさワかなしき
七夕の翌朝、1年に一度の逢瀬のあと船出していく牽牛を見送る織姫より、遠地へ赴く父を見送る娘の私の方がもっと別れが悲しいです。
0874 別れ路はいつも嘆きの絶えせぬにいとどかなしき秋の夕暮れ
わかれじワ いつもなげきの たえせぬに いとどかなしき あきのゆうぐれ
旅立つ人とのお別れはいつも嘆かわしいものですが、今はもう秋、ますます悲しさを深くさせる秋の夕暮れです。
0875 とどまらむことは心にかなへどもいかにかせまし秋の誘ふを
とどまらん ことワこころに かなえども いかにかせまし あきのさそうを
留まりたいとという気持ちのままになれるならそうしたいけど、どうしたらいいのでしょうか、秋が一緒に去って行こうと誘うのを。
0876 都をば秋とともにぞ立ちそめし淀の川霧いくよ隔てつ
みやこをば あきとともにぞ たちそめし よどのかわぎり いくよへだてつ
秋が立ち去って行くのと同じ時期に旅立ちましたが、淀の川霧は幾夜立ってあなたと私を隔てたのでしょう。
0877 思ひ出でばおなじ空とは月を見よほどは雲居にめぐり逢ふまで
おもいいでば おなじそらとワ つきをみよ ほどわくもいに めぐりあうまで
私のことを思い出したら、同じ空のもとで私も同じ月を見ていると思って月を見てください。月が巡るようにあなたともまた宮中で再会できますように。
0878 帰り来むほど思ふにも武隈のまつわが身こそいたく老いぬれ
かえりこん ほどおもうにも たけくまの まつわがみこそ いたくおいぬれ
あなたが陸奥の国から帰京されることを思うにつけ、武隈の松ではありませんが、お待ちしている私がすっかり年をとってしまいました。
0879 思へども定めなき世のはかなさにいつを待てともえこそ頼めね
おもえども さだめなきよの はかなさに いつをまてとも えこそたのめね
願ってはいるけれど、どうなるか分からない定めなきこの世は、はかないから、いつ戻るからとあてにさせることはできないよ。
0880 ちぎりおくことこそさらになかりしかかねて思ひし別れならねば
ちぎりおく ことこそさらに なかりしか かねておもいし わかれならねば
あなたとは、まったく何も約束しておかなかったですね。かねてから考えていたお別れではないので。あまりに急な旅立ちなもので...。
0881 かりそめの別れとけふを思へどもいさやまことの旅にもあるらむ
かりそめの わかれときょうを おもえども いさやまことの たびにもあるらん
またお会いできますよ、今日のあなたとのお別れは一時的なものと思ってますが、まさかひょっとしたら今生のお別れの旅になるかもしれません。
0882 帰り来むほどをや人に契らまし偲ばれぬべきわが身なりせば
かえりこん ほどをやひとに ちぎらまし しのばれぬべき わがみなりせば
帰ってくる頃をお知らせしますよ。もし私があなたにとって懐かしく思ってもらえるのでしたら。
0883 誰としも知らぬ別れのかなしきは松浦の沖を出づる舟人
だれとしも しらぬわかれの かなしきワ まつうらのおきを いづるふなびと
特定の人のことではないけれど、別れが悲しいのは、唐津の松浦から出航して宋に行く船に乗っている人との別れ。
0884 はるばると君が分くべき白波をあやしやとまる袖に懸けつる
はるばると きみがわくべき しらなみを あやしやとまる そでにかけつる
遠路はるばるとこれからあなたが乗って行く舟の分ける白波が、奇妙ですね、留まっている私の袖にかけるとは。涙でぐしょぐしょです。
0885 君いなば月待つとてもながめやらむ東の方の夕暮れの空
きみいなば つきまつとても ながめやらん ひがしのかたの ゆうぐれのそら
あなたが陸奥に行ってしまわれたら、月が出てくるのを待ってますとでも言って眺めています。東の方の夕暮れの空を。
0886 頼めおかむ君も心やなぐさむと帰らむことはいつとなくとも
たのめおかん きみもこころや なぐさむと かえらんことワ いつとなくとも
期待を持たせて置きましょう。そうすればあなた方の気持ちも慰められるでしょう。いつ帰って来るか本当のことは分からないですが。
0887 さりともとなほ逢うことを頼むかな死出の山路を超えぬ別れは
さりともと なおあうことを たのむかな しでのやまぢを こえぬわかれワ
そのようなことでも再び会えることを期待してます。死出の山路を超えるのではないこの世の別れでは。
0888 帰り来むほどを契らむと思へども老いぬる身こそ定めがたけれ
かえりこん ほどをちぎらんと おもえども おいぬるみこそ さだめがたけれ
いつ帰って来るか約束をしたいのですが、この老いた身ではいつどうなることやら無事に戻って来られるか定めるのは難しいです。
0889 かりそめの旅の別れと忍ぶれど老は涙もえこそとどめね
かりそめの たびのわかれと しのぶれど おいワなみだも えこそとどめね
一時的な旅の別れと悲しみは耐えることはできるけど、年老いた、いつ今生の別れとなるか分からないことも、涙も抑えることはできません。
0890 別れにし人はまたもや三輪の山すぎにし方を今になさばや
わかれにし ひとワまたもや みわのやま すぎにしかたを いまになさばや
別れてしまった人とまた見ることができるのでしょうか。過ぎてしまった過去を今にしたいなあ。
0891 忘るなよ宿る袂はかはるともかたみに絞る夜はの月影
わするなよ やどるたもとワ かわるとも かたみにしぼる よわのつきかげ 
忘れないでくださいね。涙や月が宿る袂が変わっても、涙にくれながら濡らした袂に宿る今宵の夜半の月の光を。
0892 なごり思ふ袂にかねて知られけり別るる旅の行末の露
なごりおもう たもとにかねて しられけり わかるるたびの ゆくすえのつゆ
名残惜しさに流す涙でぬれた袂によって前もって分かりました。これからお別れして旅立つ先の露の深さを。
0893 都をば心を空に出でぬとも月見むたびに思ひおこせよ
みやこをば こころをそらに いでぬとも つきみんたびに おもいおこせよ
心がうつろなままで都を出て行ったとしても、月を見るたびに都にいる私を思い出してください。
0894 別れ路は雲居のよそになりぬともそなたの風の便りすぐすな
わかれじワ くもいのよそに なりぬとも そなたのかぜの たよりすぐすな
お別れして行く先は、はるかに離れた遠方になってしまいますが、あなたからの風に乗ってのお便りを終わらせないでください。待ってます。
0895 色深く染めたる旅の狩衣かへらむまでの形見とも見よ
いろふかく そめたるたびの かりごろも かえらんまでの かたみともみよ
あなたのことを思って深い色に染めた旅の衣です。色あせてしまっても帰ってくる時までの間の私の形見として見てください。



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