目次                                            



橋姫の片敷き衣さむしろに待つ夜むなしき宇治のあけぼの 後鳥羽院 (巻第六 冬歌517番)    2014/3/12−2014/9/18

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
和歌番号 和歌
0551 おきあかす秋の別れの袖の露霜こそ結べ冬や来ぬらむ
おきあかす あきのわかれの そでのつゆ しもこそむずべ ふゆやきぬらん
もう秋も終わると別れを惜しんで寝ないで一夜を過ごした袖に置いた露が霜の結晶になってます。冬がやって来たのですね。
0552 神無月風にもみぢの散る時はそこはかとなくものぞかなしき
かんなづき かぜにもみじの ちるときワ そこはかとなく ものぞかなしき
10月、風に吹かれて紅葉が散る時は、はっきとした理由はないのだけど物悲しいですね。
0553 名取川やなせの波ぞ騒ぐなるもみぢやいとど寄りて堰くらむ
なとりがわ やなせのなみぞ さわぐなる もみじやいとど よりてせくらん
名取川、魚を取る簗の仕掛けを組み立ててある瀬では波がいっそう音たてています。散った紅葉がたくさん寄って来て水を堰きとめてるのかな。
0554 筏士よ待て言問はむ水上はいかばかり吹く山のあらしぞ 
いかだしよ まてこととわん みなかみワ いかばかりふく やまのあらしぞ
筏を繰っている人よ、ちょっと待って、聞きたいことがあるのよ。川上では、どれほと激しく嵐が吹いたの。こんなに紅葉が浮いているんだもの。
0555 散りかかるもみぢ流れぬ大井川いづれ井堰の水のしがらみ
ちりかかる もみじながれぬ おおいがわ いずれいせきの みずのしがらみ
雨のように降り散る紅葉のために流れようにも流れない大井川。この紅葉自体か水量調節の井堰かどちらが水の流れを塞ぐ柵となってるのかな。
0556 高瀬舟しぶくばかりにもみぢ葉の流れてくだる大井川かな
たかせぶね しぶくばかりに もみじばの ながれてくだる おおいがわかな
高瀬舟がうまく棹をさせなくて進みかねているくらい紅葉が流れて来る大井川ですね。
0557 日暮るれば逢ふ人もなし正木散る峰のあらしの音ばかりして
ひくるれば あうひともなし まさきちる みねのあらしの おとばかりして
日が暮れると逢う人もいません。まさぎのかづらを散らす峰の嵐が吹く音ばかり聞こえます。
0558 おのづから音するものは庭の面に木の葉吹きまく谷の夕風
おのずから おとするものワ にわのもに このはふきまく たにのゆうかぜ
聞こえてくるものと言えば、庭に吹き込んできて木の葉をまき散らす谷からの夕風の音だけです。く
0559 木の葉散る宿に片敷く袖の色をありとも知らでゆくあらしかな
このはちる やどにかたしく そでのいろを ありともしらで ゆくあらしかな 
この葉が散る家で衣を敷いて一人寝ていると、袖の色が紅涙に染まってるのに気付かず、落ちた紅葉だけ吹き払っていく嵐です。
0560 木の葉散る時雨やまがふわが袖にもろき涙の色と見るまで
このはちる しぐれやまがう わがそでに もろきなみだの いろとみるまで
時雨に打たれて散る木の葉の、その紅に染まった雨の色を見間違えます。私の袖にこぼれてしまう涙の色と分からなくなるほどに。
0561 移りゆく雲にあらしの声すなり散るか正木の葛城の山
うつりゆく くもにあらしの こえすなり ちるかまさきの かつらぎのやま
空を移っていく雲のあたりで嵐の音が聞こえます。散ってるのか、正木のかづらが、葛城山で。
0562 初時雨信夫の山のもみぢ葉をあらし吹けとは染めずやありけむ
はつしぐれ しのぶのやまの もみじばを あらしふけとワ そめずやありけん
初時雨は、信夫山の紅葉を嵐に吹きとばせと言って染めたのではないでしょうに。
0563 しぐれつつ袖も干しあへず足引きの山の木の葉にあらし吹く頃
しぐれつつ そでもほしあえず あしびきの やまのこのはに あらしふくころ
時雨ばかり降っていて、袖も干しきれません。山のこの葉に嵐が吹くころは。
0564 山里の風すさまじき夕暮れに木の葉乱れてものぞかなしき
やまざとの かぜすさまじき ゆうぐれに このはみだれて ものぞかなしき
山里の風がすさまじく吹いている夕暮に、木の葉が乱れまい、心も乱れてもの悲しいです。
0565 冬の来て山もあらはに木の葉降り残る松さへ峰にさびしき
ふゆのきて やまもあらわに このはふり のこるまつさえ みねにさびしき 
冬が来て山もあらわになるほどに木の葉が散り、残っている常盤木の松さえも寂しく見えます。
0566 唐錦秋の形見や立田山散りあへぬ枝にあらし吹くなり
からにしき あきのかたみや たつたやま ちりあえぬえだに あらしふくなり
唐錦の秋の形見よ。それを断とうとするのか龍田山では散り残っている枝に嵐が吹いてる音が聞こえます。
0567 時雨かと聞けば木の葉の降るものをそれにも濡れるわが袂かな
しぐれかと きけばこのはの ふるものを それにもぬれる わがたもとかな
時雨が降りだしたかと聞くと木の葉が散る音でしたが、その音にも私の袂は濡れてしまうのです。
0568 時しもあれ冬は葉守の神無月まばらになりぬ杜の柏木
ときしもあれ ふゆワはもりの かんなづき まばらになりぬ もりのかしわぎ
よりによって、冬は木々の葉を守る葉守りの神が神無月となっていない時。そんな時に葉は散って疎らになってしまった杜の柏の木。
0569 いつのまに空のけしきの変わるらむ激しき今朝のこがらしの風
いつのまに そらのけしきの かわるらん はげしきけさの こがらしのかぜ
いつの間に空模様が変わったのでしょう。今朝は木枯らしの風が激しく吹いてます。
0570 月を待つ高嶺の雲は晴れにけり心あるべき初時雨かな
つきをまつ たかねのくもワ はれにけり こころあるべき はつしぐれかな
月の出を待っていると高嶺の雨雲は晴れました。私の気持ちを理解できる初時雨ですね。
0571 神無月木々の木の葉は散りはてて庭にぞ風の音は聞ゆる
かんなづき きぎのこのはワ ちりはてて にわにぞかぜの おとワきこゆる
十月、木々のこの葉はすっかり散り果てて落ちてしまい、庭のその落ち積もった葉に風の音が聞こえます。
0572 柴の戸に入日の影はさしながらいかにしぐるる山辺ならなむ
しばのとに いりひのかげワ さしながら いかにしぐるる やまべなるらん 
庵の粗末な柴の戸に夕日の光はさしているのに、どうしてしぐれている山のほとりなんでしょう。
0573 雲晴れてのちもしぐるる柴の戸や山風はらふ松の下露
くもはれて のちもしぐるる しばのとや やまかぜはらう まつのしたつゆ
雲が晴れてのちもしぐれている柴の戸ですが、それは山風が吹いて飛ばす松の下露でしょうか。
0574 神無月しぐれ降るらし佐保山の正木のかづら色まさりゆく
かんなづき しぐれふるらし さほやまの まさきのかずら いろまさりゆく
十月になってしぐれが降るみたいですね。佐保山の正木のかづらの紅葉の色がますます深くなっていきます。
0575 こがらしの音に時雨を聞き分かでもみぢに濡るる袂とぞ見る
こがらしの おとにしぐれを ききわかで もみじにぬるる たもととぞみる
木枯らしが吹く中で時雨の音を聞き分けられなくて、紅葉色の涙で濡れるれている袂ときっと見ているでしょう。
0576 時雨降る音はすれども呉竹のなどよとともに色も変わらぬ
しぐれふる おとワすれども くれたけの などよとともに いろもかわらぬ
時雨がふる音はしてますが、呉竹は幾代を経ても色もかわらないで茂っています。
0577 時雨の雨染めかねてけり山城の常盤の杜の真木の下葉は
しぐれのあめ そめかねてけり やましろの ときわのもりの まきのしたばワ
木々を紅葉させるという時雨も染めかねているなあ。山城の常盤の杜の真木の下葉だけは。
0578 冬を浅みまだき時雨と思ひしを堪へざりけりな老の涙も
ふゆをあさみ まだきしぐれと おもいしを たえざりけりな おいのなみだも
冬になったばかりなのでまだ降らないはずの時雨がもう降るんだと思ってると、耐えられなかったのですね、老いを嘆く涙も。
0579 まばらなる柴の庵に旅寝して時雨に濡るる小夜衣かな
まばらなる しばのいおりに たびねして しぐれにぬるる さよごろもかな
隙間の多い柴でできた庵で旅寝して、寂しく涙に濡れながら時雨に濡れる寝間の着物です。
0580 やよ時雨もの思ふ袖のなかりせば木の葉ののちに何を染めまし
やよしぐれ ものおもうそでの なかりせば このはののちに なにをそめまし
ねえ、時雨、もし物思いで紅涙に染める袖がなかったら、木の葉を紅葉させた後で何を染めるつもりなんですか。
0581 深緑争いかねていかならむまなく時雨の布留の神杉
ふかみどり あらそいかねて いかならん まなくしぐれの ふるのかみすぎ
深緑色も、いまは時雨に抗いかねてどうなってるでしょう。時雨が絶え間なく降り続けている布留の杜の杉は。
0582 時雨の雨まなくし降れば真木の葉も争いかねて色づきにけり
しぐれのあめ まなくしふれば まきのはも あらそいかねて いろづきにけり
時雨の雨が絶え間なく降り続いていると真木の葉もあらがいかねて色があせてきてしまった。
0583 世の中になほもふるかなしぐれつつ雲間の月のいでやと思へど
よのなかに なおもふるかな しぐれつつ くもまのつきの いでやとおもえど
世の中では今なお降り続ける時雨よ、雲間の月はさあ出ようと思っているけど。
0584 折こそあれながめにかかる浮雲の袖も一つにうちしぐれつつ
おりこそあれ ながめにかかる うきぐもの そでもひとつに うちしぐれつつ
折も折、じっと物思いにふけりながら見ているからではあるけど、空の浮雲が私の袖も一緒にして時雨を降らしている。
0585 秋篠や外山の里やしぐるらむ生駒の嶽に雲のかかれる
あきしのや とやまのさとや しぐるらん いこまのたけに くものかかれる
秋篠の山辺の里は時雨が降っているのでしょうか。生駒の山に雲がかかってますから。
0586 晴れ曇り時雨は定めなきものをふりはてぬるはわが身なりけり
はれくもり しぐれワさだめ なきものを ふりはてぬるワ わがみなりけり
晴れたかと思うと曇ったり時雨たり、一律に規則正しく変わるものではないけれど、確実に老けてしまったの私の身でした。
0587 今はまた散らでもまがふ時雨かなひとり古りゆく庭の松風
いまワまた ちらでもまがう しぐれかな ひとりふりゆく にわのまつかぜ
冬になった今は、木の葉が散らなくてもまた時雨が降る音と紛れますよ。ひとり老いてゆく庭の松に吹く風の音と。
0588 み吉野の山かき曇り雪降れば麓の里はうちしぐれつつ
みよしのの やまかきくもり ゆきふれば ふもとのさとワ うちしぐれつつ
吉野の山が曇って雪が降ると、山のふもとの里では時雨を降らしているよ。
0589 真木の屋に時雨の音の変わるかなもみぢや深く散りつもるらむ
まきのやに しぐれのおとの かわるかな もみじやふかく ちりつもるらん
杉などで葺いた屋根に降る時雨の音が変わった。紅葉がたくさん降り積もったからだろうか。
0590 世にふるは苦しきものを真木の屋に安くも過ぐる初時雨かな
よにふるワ くるしきものを まきのやに やすくもすぐる はつしぐれかな
世の中を生きていくことは苦しく難しいのに、真木の屋にいとも安々と降りすぎる初時雨ですよ。
0591 ほのぼのと有明の月の月影にもみぢ吹きおろす山おろしの風
ほのぼのと ありあけのつきの つきかげに もみじふきおろす やまおろしのかぜ
ほんのりと明けてきた空に残る有明の月の光に、紅葉を吹きおろす山おろしの激しい風よ。
0592 もみぢ葉を何惜しみけむ木の間より洩りくる月は今宵こそ見れ
もみじばを なにおしみけん このまより もりくるつきワ こよいこそみれ
紅葉が散っていくのをどうして惜しんだのでしょう。木の間から洩れて来る月の光は、紅葉が散ったからこそ今宵見られるのです。
0593 吹きはらふあらしののちの高嶺より木の葉曇らで月や出づらむ
ふきはらう あらしののちの たかねより このはくもらで つきやいづらん
木の葉を振り払う嵐が去った後の高嶺から木の葉で曇らされることのない澄んだ月が出るのでしょうか。
0594 霜こほる袖にも影は残りけり露よりなれし有明の月
しもこおる そでにもかげワ のこりけり つゆよりなれし ありあけのつき
涙の霜が凍りついた袖にも月の光は残ってます。秋には露だった頃から馴れ親しんできた有明の月の光が。
0595 ながめつつ幾度袖に曇るらむ時雨にふくる有明の月
ながめつつ いくたびそでに くもるらん しぐれにふくる ありあけのつき
じっと眺めていると何度袖に映る月の光は曇るのでしょう。時雨が降って更けていく夜の有明の月の光は。
0596 定めなくしぐるる空の村雲に幾度おなじ月を待つらむ
さだめなく しぐるるそらの むらぐもに いくたびおなじ つきをまつらん
降ったりやんだりの時雨模様の空の気まぐれな雲の一群のために幾度同じ月の出を待つことになるのでしょう。
0597 今よりは木の葉隠れもなけれども時雨に残る村雲の月
いまよりワ このはかくれも なけれども しぐれにのこる むらぐものつき
これからは、木の葉に隠れることもないけれど、その代わりに時雨が降った後に残る村雲に隠れたりする月です。
0598 晴れ曇る影を都に先立ててしぐると告ぐる山の端の月
はれくもる かげをみやこに さきだてて しぐるとつぐる やまのはのつき
晴れたり曇ったりする光を都に先に送って、しぐれるよと、知らせる山の端の月です。
0599 たえだえに里分く月の光かな時雨を送る夜はの村雲
たえだえに さとわくつきの ひかりかな しぐれをおくる よわのむらぐも
里のあちこちに差したり差さなかったりする月の光です。時雨をもたらす夜半の村雲の為に。
0600 今はとて寝なましものをしぐれつる空とも見えず澄める月かな
いまワとて ねなましものを しぐれつる そらともみえず すめるつきかな
今になって、月を見るのもあきらめて寝ようとしていたのに、しぐれていた空とは思えないような澄んだ月が見えます。
0601 露霜の夜はに起きゐて冬の夜の月見るほどに袖はこほりぬ
つゆしもの よわにおきいて ふゆのよの つきみるほどに そでワこおりぬ
露霜が置く夜半に起きていて、冬の夜の月を眺めているうちに袖の涙が凍ってしまいました。
0602 もみぢ葉はおのが染めたる色ぞかしよそげに置ける今朝の霜かな
もみじばワ おのがそめたる いろぞかし よそげにおける けさのしもかな
紅葉の紅は自分で染めた色でしょ。でもそんなの関係ないと言う感じで置いてる今朝の霜の白さよ。
0603 小倉山麓の里に木の葉散れば梢に晴るる月を見るかな
おぐらやま ふもとのさとに このはちれば こずえにはるる つきをみるかな
小倉山の麓の里では木の葉が散ったので、見通しのよくなった梢の間から曇りのない晴れた月を見ることが出来ますよ。
0604 秋の色を払ひはててや久方の月の桂にこがらしの風
あきのいろを はらいはてて ひさかたの つきのかつらに こがらしのかぜ
地上の紅葉をすっかり払ってしまって、月にあるという桂に吹いてるのでしょうか木枯らしの風は。
0605 風寒み木の葉晴れゆく夜な夜なに残るくまなき庭の月影
かぜさむみ このははれゆく よなよなに のこるくまなき にわのつきかげ
風が日ごと冷たくなり木の葉が散って晴れ晴れとしていく夜毎に、庭の隅々までくまなく月の光が射してます。
0606 わが門の刈田の閨にふす鴫の床あらはなる冬の夜の月
わがかどの かりたのねやに ふすしぎの とこあらわなる ふゆのよのつき
家の門近くにある苅田を寝床にして寝ている鴫、その寝床をあらわにするするほどの澄み切った冬の夜の月。
0607 冬枯れの杜の朽ち葉の霜の上に落ちたる月の影の寒けさ
ふゆがれの やしろのくちばの しものうえに おちたるつきの かげのさむけさ
冬枯れの杜に朽ちた葉に置く霜の上に、差し込む月の光の寒々しさよ。
0608 さえわびて覚むる枕に影見れば霜深き夜の有明の月
さえわびて さむるまくらに かげみれば しもふかきよるの ありあけのつき
寒さに辛抱しきれなくなって目が覚めて、枕に映えている光を見ると、それは霜が深く置いた夜の有明の月の光でした。
0609 霜結ぶ袖の片敷きうちとけて寝ぬ夜の月の影ぞ寒けさ
しもむすぶ そでのかたしき うちとけて ねぬよのつきの かげぞさむけさ
涙の凍った霜を置いてる袖を片敷き、一人心安からないで寝る夜の月の光は寒々してるなあ。
0610 影とめし露の宿りを思ひ出でて霜にあととふ浅茅生の月
かげとめし つゆのやどりを おもいいでて しもにあととう あさじゅうのつき
光をとどめたことのある露のしばしの宿のことを思い出して、その露から変わった霜にその後の様子を尋ねる浅茅生の月です。
0611 片敷きの袖をや霜に重ぬらむ月に夜がるる宇治の橋姫>
かたしきの そでをやしもに かさぬらん つきによがるる うじのはしひめ
一人寝の袖を霜の上に重ねていってるのだろうか。月夜の為に人目をはばかって人が訪ねてこない間の宇治の橋姫は。
0612 夏刈りの萩の古枝は枯れにけり群れゐし鳥は空にやあるらむ
なつかりの はぎのこえだは かれにけり むれいしとりワ そらにやあるらん
夏に刈った萩の古枝は枯れてしまった。夏に群れていた鳥たちは今も空にいるのでしょうか。
0613 さ夜更けて声さへ寒き蘆鶴は幾重の霜か置きまさるらむ
よさふけて こえさえさむき あしたづワ いくえのしもか おきまさるらん
夜が更けて、声ですら冷たく聞こえる鶴は、羽に幾重も重ねて霜を置き増しているのでしょうか。
0614 冬の夜の長きを送る袖濡れぬ暁がたの四方のあらしに
ふゆのよの ながきをおくる そでぬれぬ あかつきがたの よものあらしに 
冬の長い夜を眠れず過ごす私の袖は涙で濡れてしまった。暁のころの四方から吹く激しい風の音のために。
0615 笹の葉は深山もさやにうちそよぎこほれる霜を吹くあらしかな
ささのはワ みやまもさやに うちそよぎ こおれるしもを ふくあらしかな
笹の葉は山全体をさらさらとなびかせるようにそよぎ、凍った霜を吹き払う山嵐です。
0616 君来ずはひとりや寝なむ笹の葉の深山もそよにさやぐ霜夜を
きみこずワ ひとりやねなん ささのはの みやまもそよに さやぐしもよを
あなたが来ない夜は一人で寂しく寝るのでしょうか。笹の葉が山全体をさらさらとなびかせる霜の置いた寒い夜を。
0617 霜枯れはそことも見えぬ草の原誰に問はまし秋のなごりを
しもがれワ そこともみえぬ くさのはら だれにとわまし あきのなごりを
霜枯れてしまい、そこがそうとも見えない草の原、誰に聞いたら良いのでしょうね、秋の名残を残している草の原を。
0618 霜さゆる山田のくろのむらすすき刈る人なしみ残る頃かな
しもさゆる やまだのくろの むらすすき かるひとなしみ のこるころかな
霜が冴える山田の畔に生えている一群れのすすきを刈る人もなく残っていることかな。
0619 草の上にここら玉ゐし白露を下葉の霜と結ぶ冬かな
くさのうえに ここらたまいし しらつゆを したばのしもと むすぶふゆかな
草の上にたくさん玉となって連なって置いていた白露を下葉の霜として作り出す冬なんですね。
0620 かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞふけにける
かささぎの わたせるはしに おくしもの しろきをみれば よぞふけにける
天の川に鵲が渡した橋に置いた霜の白さを見ると夜もすっかり更けてしまったなあ。
0621 しぐれつつ枯れゆく野辺の花なれば霜の籬ににほふ色かな
しぐれつつ かれゆくのべの はななれば しものまがきに におういろかな
白菊は時雨に降られつつ枯れていく野辺の花だから霜が降りている籬に薄紫の美しい色を見せてくれます。
0622 菊の花手折りては見じ初霜の置きながらこそ色まさりけれ
きくのはな ておりてワみじ はつしもの おきながらこそ いろまさりけれ
菊の花は手折って見てはいけません。初霜がおりた中において見てこそその色はより美しいのです。
0623 影さへに今はと菊のうつろふは波の底にも霜や置くらむ
かげさえに いまワときくの うつろうワ なみのそこにも しもやおくらん
川面に映る影でさえ、今はもうと菊の花の色が変わるのは、波の底にも霜が置いてるからでしょうか。
0624 野辺見れば尾花がもとの思ひ草枯れゆく冬になりぞしにける
のべみれば おばながもとの おもいぐさ かれゆくふゆに なりぞしにける
野辺を見るとすすきの根元の思い草ですら枯れていく冬になったのですね。
0625 津の国の難波の春は夢なれや蘆の枯葉に風渡るなり
つのくにの なにわのはるワ ゆめなれや あしのかれはに かぜわたるなり
津の国の難波江の春の景色はもう夢だったかのように過ぎ去ってしまい蘆の枯葉に風が吹きわたる音が聞こえます。
0626 冬深くなりにけらしな難波江の青葉まじらぬ蘆のむら立ち
ふゆふかく なりにけらしな なにわえの あおばまじらぬ あしのむらだち
冬深くなってしまいました。一群れになって立っている難波江の蘆には青葉がちっともありません。
0627 さびしさに耐へたる人のまたもあれな庵並べむ冬の山里
さびしさに たえたるひとの またもあれな いおりならべん ふゆのやまざと
寂しさに耐えている人が他にもいたらいいなあ。一緒に庵を並べたいよ冬の山里で
0628 東路の道の冬草茂り合ひて跡だに見えぬ忘れ水かな
あずまじの みちのふゆくさ しげりあいて あとだにみえぬ わすれみずかな
東国への道では冬草が茂りあって道を覆っていて人が通った跡も見えないで気付かれもしない水が途切れ途切れに流れてます。
0629 昔思ふさ夜の寝覚めの床さへて涙もこほる袖の上かな
むかしおもう さよのねざめの とこさえて なみだもこおる そでのうえかな
夜中に寝覚めて昔のことを思うと、床は冷たく、流す涙も袖の上で氷ります。
0630 立ち濡るる山の雫も音絶へて真木の下葉に垂氷しにけり
たちぬるる やまのしずくも おとたえて まきのしたばに たるひしにけり
山の中で立っていると真木からしたたり落ちる雫に濡れるが、その雫も落ちる音がしなくなり、下葉につららがさがってます。
0631 かつ氷かつは砕くる山川の岩間にむせぶ暁の声
かつこおり かつワくだくる やまがわの いわまにむせぶ あかつきのこえ
一方では凍り、一方では砕ける、山の中の川の岩の間で「咽び」泣きするような水の音が聞こえてくる暁のころです。
0632 消えかへり岩間にまよふ水の泡のしばし宿かる薄氷かな
きえかえり いわまにまよう みずのあわの しばしやどかる うすごおりかな
すっかり消えてしまったり、岩の間をあちらに行ったりこちらに行ったりしてる水の泡が、少しの間宿っている薄氷です。
0633 枕にも袖にも涙つららゐて結ばぬ夢を問ふあらしかな
まくらにも そでにもなみだ つららいて むすばぬゆめを とうあらしかな
枕にも袖にも涙が凍りついて、眠れず、夢を結ばない状態の私のところにやって来る嵐ですよ。
0634 水上やたえだえ氷る岩間より清滝川に残る白波
みずがみや たえだえこおる いわまより きよたきがわに のこるしらなみ
水上の所々で凍った岩の間を流れてきた清滝川に凍らずに残っている水が白波を立てている。
0635 片敷きの袖の氷も結ぼほれとけて寝ぬ夜の夢ぞみじかき
かたしきの そでのこおりも むすぼほれ とけてねぬよの ゆめぞみじかき
衣の片袖だけを敷いて、その袖にこぼれ落ちた涙も凍りつき、悲しみが消えないで寝る夜に見る夢は短いです。
0636 橋姫の片敷き衣さむしろに待つ夜むなしき宇治のあけぼの
はしひめの かたしきころも さむしろに まつよむなしき うじのあけぼの
橋姫が衣を片袖だけ敷いて一人寂しくさ筵に寝ながら男の訪れを待つ夜もむなしく宇治川は曙を迎えようとしています。
0637 網代木にいさよふ波の音ふけてひとりや寝ぬる宇治の橋姫
あじろぎに いさようなみの おとふけて ひとりやねぬる うじのはしひめ
網代木のために進もうとして進めない波の音も夜更けの寂しさをただよわせている一人寝の宇治の橋姫です。
0638 見るままに冬は来にけり鴨のゐる入江の汀薄ごほりつつ
みるままに ふゆはきにけり かものいる いりえのみぎわ うすごおりつつ
見ているうちに冬は来てしまいました。鴨がいる入江の水際に薄氷が張っていることですよ。
0639 滋賀の浦や遠ざかりゆく波間よりこほりて出づる有明の月
しがのうらや とおざかりゆく なみまより こおりていずる ありあけのつき
滋賀の浦、岸辺から凍り始め、沖の方へ遠くなっていく波の間から凍りついたように出て来る有明の月です。
0640 ひとり見る池の氷に澄む月のやがて袖にもうつりぬるかな
ひとりみる いけのこおりに すむつきの やがてそでにも うつりぬるかな
一人で見る池の氷に映る澄んだ月の光は、そのまま私の袖にも映ってます。わびしさに流す涙が凍った袖にも映ったことですね。
0641 うばたまの夜のふけゆけば楸おふる清き河原に千鳥鳴くなり
うばたまの よのふけゆけば ひさぎおうる きよきかわらに ちどりなくなり
夜が更けていくと、ひさぎの生えている清らかな河原で千鳥が鳴いています。
0642 ゆく先はさ夜ふけぬれど千鳥鳴く佐保の河原は過ぎうかりけり
ゆくさきワ さよふけぬれど ちどりなく さほのかわらは すぎうかりけり
行く先はまだまだあるのに夜も更けてしまったけど、千鳥が鳴いている左保の河原を通り過ぎるのはつらいなあ。
0643 夕されば潮風越してみちのくの野田の玉川千鳥鳴くなり
ゆうされば しおかぜこして みちのくの のだのたまがわ ちどりなくなり
夕方になると海から潮風が吹いて来て、陸奥の野田の玉川で千鳥が鳴いています。
0644 白波に羽うちかはし浜千鳥かなしき声は夜の一声
しらなみに はうちかわし はまちどり かなしきこえワ よるのひとこえ
白波に羽を交わせながら水面近くを飛ぶ浜千鳥だが、悲しく聞こえる声は夜に鳴く群れから外れた一羽の浜千鳥のものです。
0645 夕なぎに門渡る千鳥波間より見ゆる小島の雲に消えぬる
ゆうなぎに とわたるちどり なみまより みゆるこじまの くもにきえぬる
夕なぎの時分に瀬戸を渡る千鳥は、波の間から見える小島にかかる雲の間に飛んで消えていきました。
0646 浦風に吹上の浜の浜千鳥波立ちくらし夜はに鳴くなり
うらかぜに ふきあげのはまの はまちどり なみたちくらし よわになくなり
浦風に吹き上げられる吹上浜の浜千鳥よ、波が立ち寄るようだ、夜に鳴いているのが聞こえます。
0647 月ぞ澄むたれかはここに紀の国や吹上の千鳥ひとり鳴くなり
つきぞすむ たれかワここに きのくにや ふきあげのちどり ひとりなくなり
月が澄んでいる。だれかここにやってくるのかしら。紀ノ國の吹上の浜の千鳥が一人で鳴いています。
0648 さ夜千鳥声こそ近く鳴海潟かたぶく月に潮や満つらむ
さよちどり こえこそちかく なるみがた かたぶくつきに しおやみつらん
夜に千鳥の鳴く声が近くなってきた。鳴海潟に月が沈んでいくとともに、潮が満ちてきたのだろうか。
0649 風吹けばよそに鳴海のかた思ひ思はぬ波に鳴く千鳥かな
かぜふけば よそになるみの かたおもい おもわぬなみに なくちどりかな
風が吹くと流されて鳴海の潟から離れて行ってしまった千鳥は、元の潟の相手を片思いしながら、思いもしなかった彼方の波で鳴いています。
0650 浦人の日も夕暮れに鳴海潟かへる袖より千鳥鳴くなり
うらびとの ひもゆうぐれに なるみがた かえるそでより ちどりなくなり
漁師が日も暮れかかる頃に、鳴海潟に帰ってきます。そのひるがえす袖から千鳥が鳴く声が聞こえます。
0651 風さゆるとしまが磯の群千鳥立ちゐは波の心なりけり
かぜさゆる としまがいその むらちどり たちいワなみの こころなりけり
風が冷たい、としまケ磯に群れている千鳥たち。飛び立つのか留まってるのか波次第だなあ。
0652 はかなしやさても幾夜かゆく水に数かきわぶるをしのひとり寝
はかなしや さてもいくよか ゆくみずに かずかきわぶる おしのひとりね
先の見通しもないなあ。そんな状態でも幾夜も水をかき分け続けるのに耐えられなくなってる一人寝の鴛鴦。
0653 水鳥の鴨の浮き寝のうきながら波の枕に幾夜寝ぬらむ
みずどりの かものうきねのうきながら なみのまくらに いくよねぬらん
水鳥の鴨は水に浮きながら憂きの気持ちのまま波を枕にして幾夜寝たのでしょう。
0654 吉野なる夏実の川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山蔭にして
よしのなる なつみのかわの かわよどに かもぞなくなる やまかげにして
吉野にある菜摘みの場所である夏実という吉野川で、山蔭の川の淀んだところで鴨が鳴いてます。/td>
0655 閨の上に片枝さしおほひ外面なる葉広柏に霰降るなり
ねやのうえに かたえさしおおい そともなる はひろかしわに あられふるなり
寝室の上に戸外の葉の広い柏の片枝が覆いかぶさっているが、その葉に霰が降ってます。
0656 さざ波や滋賀の唐崎風さえて比良の高嶺に霰降るなり
さざなみや しがのからさき かぜさえて ひらのたかねに あられふるなり
志賀の唐崎では風が冷たく、比良山の高嶺では霰が降ってます。
0657 矢田の野に浅茅色づく有乳山峰のあは雪寒くぞあるらし
やたののに あさじいろづく あらちやま みねのあわゆき さむくぞあるらし
矢田の野では丈低くまばらに生えている茅が色づいてます。有乳山の峰では淡雪が降って寒いことでしょう。
0658 常よりも篠屋の軒ぞ埋もるるけふは都に初雪や降る
つねよりも しのやののきぞ うづもるる きょうワみやこに はつゆきやふる
いつもより雪がたくさん降って篠屋の軒が埋もれてます。今日は都に初雪が降ったのでしょうか。
0659 降る雪にまことに篠屋いかならむけふは都に跡だにもなし
ふるゆきに まことにしのや いかならん きょうワみやこに あとだにもなし
こんなに雪が降って本当に篠屋は大丈夫ですか。今日は都では誰も外に出ていませんから足跡もありません。
0660 初雪の布留の神杉埋もれてしめ結ぶ野辺は冬ごもりせり
はつゆきの ふるのかみすぎ うづもれて しめむすぶのべワ ふゆごもりせり
初雪が降って、布留の杜(石上神社)のご神木の杉が埋もれて、神の域として標を結んだ野のあたりは冬ごもりしました。
0661 ふればかく憂さのみまさる世を知らで荒れたる庭につもる初雪
ふればかく うさのみまさる よをしらで あれたるにわに つもるはつゆき
長生きすればそれだけ憂きことが多くなるのに、そんなことも知らないで荒れた庭に積もっていく初雪ですよ。
0662 さむしろの夜はの衣手さえさえて初雪白し岡の辺の松
さむしろの よわのころもで さえさえて はつゆきしろし おかのべのまつ
さ筵に片敷いた夜の衣の袖が寒々しくて、初雪が真っ白に積もってます丘のあたりの松に。
0663 降りそむる今朝だに人の待たれつる深山の里の雪の夕暮れ
ふりそむる けさだにひとの またれつる みやまのさとの ゆきのゆうぐれ
降りだした今朝でも誰か人が訪れるかもしれないと待った深い山里の雪ふる夕暮れ時です。
0664 けふはもし君もや問ふとながむれどまだ跡もなき庭の雪かな
きょうはもし きみもやとうと ながむれど まだあともなき にわのゆきかな
今日はひょっとしたらお訪ね下さるのではと、ずっと眺めていますがまだ足跡もついてない庭の雪です。
0665 今ぞ聞く心は跡もなかりけり雪かき分けて思ひやれども
いまぞきく こころはあとも なかりけり ゆきかきわけて おもいやれども
今、お聞きしました。あなたさまの心には足跡もないんですね。雪をかき分けてあなたさまのことを思いやってるのですが
0666 白山に年ふる雪やつもるらむ夜はに片敷く袂さゆなり
しらやまに としふるゆきや つもるらん よわにかたしく たもとさゆなり 
白山に長年降り続く雪も私の齢も積もって来た。夜に片敷く一人寝の袂が冷えているのだろうか。
0667 明けやらぬ寝覚めの床に聞ゆなり籬の竹の雪の下折れ
あけやらぬ ねざめのとこに きこゆなり まがきのたけの ゆきのしたおれ
冬のまだ夜が明けきらないある日、寝ている床から聞こえてきます。籬の竹が雪の重みに耐えかねて折れる音が。
0668 音羽山さやかに見ゆる白雪を明けぬと告ぐる鳥の声かな
おとばやま さやかにみゆる しらゆきを あけぬとつぐる とりのこえかな
音羽山でははっきりと見える白雪を、夜が明けたと勘違いして鳥が鳴く声が聞こえます。
0669 山里は道もや見えずなりぬらむもみぢとともに雪の降りぬる
やまざとワ みちもやみえず なりぬらん もみじとともに ゆきのふりぬる
山里は雪のために道も見えなくなってるでしょうか。こちらは紅葉と一緒に雪が降りました。
0670 さびしさをいかにせよとて丘辺なる楢の葉しだり雪の降るらむ
さびしさを いかにせよとて おかべなる ならのはしだり ゆきのふるらん
このさびしさをどうせよと言って丘のほとりの楢の木の葉をしだらせて雪が降るのでしょう。
0671 駒とめて袖うちはらふ蔭もなし佐野のわたりの雪の夕暮れ
こまとめて そでうちはらう かげもなし さののわたりの ゆきのゆうぐれ
馬を止めて袖に積もった雪を払う物蔭もない佐野の渡しの雪ふる夕暮れ時です。
0672 待つ人の麓の道は絶えぬらむ軒端の杉に雪重るなり
まつひとの ふもとのみちワ たえぬらん のきばのすぎに ゆきおもるなり
待っている人の所へ行く麓の道はもう歩けないでしょう。軒端のそばの杉の木に雪が重たく積もっています。
0673 夢通ふ道さへ絶えぬ呉竹の伏見の里の雪の下折れ
ゆめかよう みちさえたえぬ くれたけの ふしみのさとの ゆきのしたおれ
夢が通う道さえも絶えてしまった。伏見の里で臥して寝ていると、呉竹に積もった雪の重さで折れてしまった音に起こされて。
0674 降る雪にたく藻のけぶりかき絶えてさびしくもあるか塩釜の浦
ふるゆきに たくものけぶり かきたえて さびしくもあるか しおがまのうら
降っている雪のために海人が焚く藻塩の煙も途絶えてしまいさびしいですね、塩釜の浦では。
0675 田子の浦にうち出でて見れば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ
たごのうらに うちいでてみれば しろたえの ふじのたかねに ゆきワふりつつ
田子の浦に出て来て仰ぎ見たら、真っ白な富士山の高嶺に雪が降ってます。
0676 雪のみや降りぬと思ふ山里にわれも多くの年ぞ積もれる
ゆきのみや ふりぬとおもう やまざとに われもおおくの としぞつもれる
雪だけが降り積もっていると思うだろうか。いえいえ、この山里では、私も同じく多くの年を取っているのです。
0677 雪降れば峰の真榊埋もれて月にみがける天の香具山
ゆきふれば みねのまさかき うずもれて つきにみがける あまのかぐやま
雪が降っていて峰の榊が埋もれてしまい、月の光で磨いたようにくっきりと見える真っ白な香具山です。
0678 かき曇り天霧る雪の古里を積もらぬ先に問ふ人もがな
かきくもり あまぎるゆきの ふるさとを つもらぬさきに とうひともがな
空が一面に曇り、暗くなって降る雪が覆う古里を、積もる前に訪れてくれる人はいないかなあ。
0679 庭の雪にわが跡つけて出でつるを問はれにけりと人や見るらむ
にわのゆきに わがあとつけて いでつるを とわれにけりと ひとやみるらん
庭の雪に自分の足跡をつけに出て、誰か訊ねてきたのかしらと人は見てくれるでしょうか。
0680 ながむればわが山の端に雪白し都の人よあはれとも見よ
ながむれば わがやまのはに ゆきしろし みやこのひとよ あわれともみよ
遠くを眺めると、わが比叡の山の端に雪が白く積もっている。都に住む人よ、ここに住む私のことを懐かしいと思って眺めてほしい。
0681 冬草のかれにし人の今さらに雪踏み分けて見えむものかは
ふゆくざの かれにしひとの いまさらに ゆきふみわけて みえんものかわ
冬草が枯れてしまったように離れてしまった人が、今さら雪を踏み分けて来るわけないですよね。
0682 尋ね来て道分けわぶる人もあらじ幾重も積もれ庭の白雪
たずねきて みちわけわぶる ひともあらじ いくえもつもれ にわにしらゆき
私を訪ねて来て、立ち往生する人もいないでしょう。だからドンドン積もれ庭の白雪よ。
0683 この頃は花ももみぢも枝になししばしな消えそ松の白雪
このころワ はなももみじも えだになし しばしなきえそ まつのしらゆき
この時期は花も紅葉も枝にありません。せめてしばらくの間消えないで松の木に残っていてほしい白雪です。
0684 草も木も降りまがへたる雪もよに春待つ梅の花の香ぞする
くさもきも ふりまがえたる ゆきもよに はるまつうめの はなのかぞする
草も木も分からなくなるくらい雪が降るなかで、春が来るのを待っている梅の花の香りがしてきます。
0685 御狩りする交野の御野に降る霰あなかままだき鳥もこそ立て
みかりする かたののみのに ふるあられ あなかままだき とりもこそたて
御鷹狩りする交野のお狩り場に降る霰。ああ、やかましい、静かに。もう早くも鳥が立ってしまうかもしれない。
0686 御狩りすと鳥立の原をあさりつつ交野の野辺に今日もくらしつ
みかりすと とだちのはらを あさりつつ かたのののべに きょうもくらしつ
御鷹狩りするというので、獲物の鳥が集まるように作られた草葉や池がある原を探しつつ交野のお狩り場で今日も一日過ごしました。
0687 御狩野はかつ降る雪の埋もれて鳥立も見えず草隠れつつ
みかりのワ かつふるゆきの うづもれて とだちもみえず くさかくれつつ
御鷹狩りする野は、すでに降っている雪に埋もれて、草葉や池がある場所も草がかくれてます。
0688 狩りくらし交野の真柴折り敷きて淀の川瀬の月を見るかな
かりくらし かたののましば おりしきて よどのかわせの つきをみるかな
鷹狩をして一日を過ごし、交野のお狩り場の柴を折って敷き、寝床にして、淀川の川瀬に映る月を見ています。
0689 なかなかに消えば消えなで埋み火のいきてかひなき世にもあるかな
なかなかに きえばきえなで うずみびの いきてかいなき よにもあるかな
中途半端に消えそうで消えないで、灰に埋めてある炭火ように、生きて甲斐ないこの世に細々と長く生きてます。
0690 日数ふる雪げにまさる炭竈のけぶりもさむし大原の里
ひかずふる ゆきげにまさる すみかまの けぶりもさむし おおはらのさと
雪が降る日も何日も増え、ますます立ち昇る炭竈のけぶりも寒く見えて来る大原の里です。
0691 おのづからいはぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに年の暮れぬる
おのづから いわぬをしたう ひとやあると やすらうほどに としのくれぬる
まれには、何も言ってないのに相手から好きになってくれる人がいるかと思って、言うのを躊躇している間に年が暮れてしまった。
0692 かへりては身にそふものと知りながら暮れゆく年を何慕ふらむ
かえりてワ みにそうものと しりながら くれゆくとしを なにしたうらん
新年を迎えて、かえって自分の身に歳が増えるだけと分かっているのに、暮れゆく年をどうして慕っていくのでしょう。
0693 隔てゆく世々の面影かきくらし雪とふりぬる年の暮れかな
へだてゆく よよのおもかげ かきくらし ゆきとふりぬる としくのれかな
時の流れが懐かしい人たちの面影を隔てて行き、空を暗くして降る雪は、思い出も古くしていく年の暮れです。
0694 新しき年やわが身をとめ来らむ隙ゆく駒に道をまかせて
あたらしき としやわがみを とめくらん ひまゆくこまに みちをまかせて
新年は私を尋ね来てくれるでしょうか。時間が早く過ぎていくことにわが身を乗せて。
0695 嘆きつつ今年も暮れぬ露の命生けるばかりを思ひ出にして
なげきつつ ことしもくれぬ つゆのいのち いけるばかりを おもいでにして
嘆きながら今年も暮れてしまいました。露の命のようなはかない自分の命がまだあることを思い出にして。また新しい年を迎えよう。
0696 思ひやれ八十の年の暮れなればいかばかりかはものはかなしき
おもいやれ やそぢのとしの くれなれば いかばかりかワ ものワかなしき
思いやってください。八十歳になっての年の暮れなんですから、どれほどに物悲しいものか。
0697 昔思ふ庭にうき木を積みおきて見し世にも似ぬ年の暮れかな
むかしおもう にわにうきぎを つみおきて みしよにもにぬ としのくれかな
昔を思い出す。庭に水に浮いていた木々を集めて積み置いたのを見ながら、昔とは全然違う不安定な現在も年が暮れようとしてる。
0698 石上布留野の小笹霜を経てひとよばかりに残る年かな
いそのかみ ふるののこざさ しもをへて ひとよばかりに のこるとしかな
布留野の小笹はずっと霜に耐え忍び、今は一節だけが枯れ残ってる、一夜を残す大晦日です。
0699 年の明けて憂き世の夢の覚むべくは暮るともけふは厭はざらまし
としのあけて うきよのゆめの さむべくワ くるともきょうワ いとワざらまし
年があけて憂き世の自分自身の悩みや悲しみから解放されるなら、今日で年が暮れるのも悪くはないよね。
0700 朝ごとの閼伽井の水に年暮れてわが世のほどの汲まれぬるかな
あさごとの あかいのみずに としくれて わがよのほどの くまれぬるかな
仏に奉る水を汲む井戸から毎朝水を汲む勤めのうちに年も暮れ、自分の余命が長くないことを推量してしまいます。
0701 急がれぬ年の暮れこそあはれなれ昔はよそに聞きし春かは
いそがれぬ としのくれこそ あわれなれ むかしワよそに ききしはるかワ
年末年始の慌ただしさのない年の暮れはむなしいなあ。昔は今ある姿みたいに他人事のように聞いて新春を迎えただろうか。
0702 数ふれば年の残りもなかりけり老いぬるばかりかなしきはなし
かぞふれば としののこりも なかりけり おいぬるばかり かなしきはなし
数えてみると今年もあとわずかしかありません。老いることほど悲しいものはないですね。
0703 石走る初瀬の川の波枕はやくも年の暮れにけるかな
いしはしる はつせのかわの なみまくら はやくもとしの くれにけるかな
岩の上を走り流れる初瀬川のそばで旅寝してその音を聞きながら、流れの速さのように今年も暮れてしまうのかと感じ入ってます。
0704 ゆく年を雄島の海人の濡れ衣重ねて袖に波やかくらぬ
ゆくとしを おじまのあまの ぬれごろも かさねてそでに なみやかくらぬ
行く年を惜しむ雄島の海人の波に濡れた衣の情緒を理解するという袖に、重ねて涙の波がかかっているのでしょうか。
0705 老の波越えける身こそあはれなれ今年も今は末の松山
おいのなみ こえけるみこそ あわれなれ ことしもいまワ すえのまつやま
海の波ならず齢の波が越えることこそあわれですよ。今年も末となり末の松山にて。
0706 けふごとにけふやかぎりと惜しめどもまたもや今年に逢いにけるかな
きょうごとに きょうやかぎりと おしめども またもやことしに あいにけるかな
大晦日が来るたびに今日の大晦日で終わりと惜しんだけど、またまた今年の大晦日を迎えましたよ。


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