目次                                            



秋の露や袂にいたく結ぶらむ長き夜あかず宿る月かな  (巻第四 秋歌上433番)     2013/7/18−2013/10/10

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
和歌番号 和歌
0285 神南備の御室の山の葛かづら裏吹き返す秋は来にけり
かんなびの みむろのやまの くずかづら うらふきかえす あきワきにけり
神南備山の御室に茂るつる草の葛の葉裏を見せるような風が吹く秋の季節になりました。
0286 いつしかと荻の葉むけの片寄りにそそや秋とぞ風も聞こゆる
いつしかと おぎのはむけの かたよりに そそやあきとぞ かぜもきこゆる
早すぎると思うけど、荻の葉の向きを片方に向けさせるように吹く風の音もそそらそら秋ですよと、そそと静かに言ってるようです。
0287 この寝ぬる夜のまに秋は来にけらし朝けの風のきのふにも似ぬ
このねぬる よのまにあきワ きにけらし あさけのかぜの きのうにもにぬ
この寝ていた夜の間に秋が来たようです。明け方の風の涼しさは昨日までの風とまあなんと違うことでしょう。
0288 いつも聞く麓の里と思へどもきのふに変る山おろしの風 
いつもきく ふもとのさとと おもえども きのうにかわる やまおろしのかぜ
麓の里で聞く山から吹き下ろす風の音はいつもと同じだと思うけども、やはり昨日までの風と違ってると思います。
0289 きのふだに問はむと思ひし津の国の生田の杜に秋は来にけり
きのうだに とわんとおもいし つのくにの いくたのもりに あきワきにけり
まだ夏である昨日にでも訪れようと思っていたのに、神戸の生田神社の杜に秋が来てしまいました。
0290 吹く風の色こそ見えね高砂の尾上の松に秋は来にけり
ふくかぜの いろこそみえね たかさごの おのえのまつに あきワきにけり
吹いている風の色は分からないけど、兵庫県加古川市尾上町の松に秋はやって来ました。
0291 伏見山松の蔭より見わたせば明くる田の面に秋風ぞ吹く
ふしみやま まつのかげより みわたせば あくるたのもに あきかぜぞふく
京の伏見の山の松の下にある庵の松の蔭から見わたすと、夜があけてゆく田の面に秋風が吹いています。
0292 明けぬるか衣手さむし菅原や伏見の里の秋の初風
あけぬるか ころもでさむし すがわらや ふしみのさとの あきのはつかぜ
夜が明けたのでしょうか。袖のあたりが寒いです。奈良の菅原の伏見の里に秋の初風が吹いています。
0293 深草の露のよすがを契にて里をばかれず秋は来にけり
ふかくさの つゆのよすがを ちぎりにて さとをばかれず あきワきにけり
伊勢物語の深草の里の話の露のような手だてを約束として、里を離れることもなくいるが、そこにも秋はやって来たよ。
0294 あはれまたいかにしのばぬ袖の露野原の風に秋は来にけり
あわれまた いかにしのばぬ そでのつゆ のはらのかぜに あきワきにけり
あ〜あ、またどうやって耐え忍びましょう、袖にこぼれる涙の露を。野原に吹く風にも湿っぽい秋はやって来ましたね。
0295 しきたへの枕の上に過ぎぬなり露を尋ぬる秋の初風
しきたえの まくらのうえに すぎぬなり つゆをたづぬる あきのはつかぜ
枕の上を吹き過ぎていったよ、枕の下の涙の露に気が付かないで。露を探して吹き飛ばそうと来たんでしょうね、秋の初風は。
0296 水茎の岡の葛葉も色づきて今朝うらがなし秋の初風
みずくきの おかのくずはも いろづきて けさうらがなし あきのはつかぜ
水茎の岡の葛の葉も黄葉し始めて、立秋の朝、秋の初風に吹かれて白い葉裏を見せているが心の中は物悲しい。
0297 秋はただ心よりおく夕露を袖のほかとも思ひけるかな
あきワただ こころよりおく ゆうつゆを そでのほかとも おもいけるかな
心が原因でもっぱら夕暮れに袖に流す涙の露を、秋には、普通に袖の他、つまり草葉に置くものと思ってました。
0298 きのふまでよそにしのびし下荻の末葉の露に秋風ぞ吹く
きのうまで よそにしのびし したおぎの すえばのつゆに あきかぜぞふく
夏だった昨日までまだその時期じゃないと我慢していた秋風が、他の草木の陰に生えている荻の葉先の露を吹き散らしています。
0299 おしなべてものを思はぬ人にさへ心をつくる秋の初風
おしなべて ものをおもわぬ ひとにさえ こころをつくる あきのはつかぜ
一様にして物を思い悩まない人にさえ、心を動かさせる秋の初風です。
0300 あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風立ちぬ宮城野の原
あわれいかに くさばのつゆの こぼるらん あきかぜたちぬ みやぎののはら
ああ、秋風が起こりましたよ。宮城野の原では、どの様に草葉の露はこぼれているのでしょう。
0301 みしぶつき植ゑし山田にひたはへてまた袖濡らす秋は来にけり
水渋つき うえしやまだに 引板はへて またそでぬらす あきワきにけり
水垢をつけて田植えをした山田に、鳴子の縄を張って、また袖を濡らす秋がやって来ました。
0302 朝霧や立田の山の里ならで秋来にけりとたれか知らまし
あさぎりや たつたのやまの さとならで あききにけりと たれかしらまし
朝霧よ、立田の山の里以外の地で、秋がやって来たと誰が知っているでしょう。
0303 夕暮れは荻吹く風の音まさる今はたいかに寝覚めせられむ                         
ゆうぐれワ おぎふくかぜの おとまさる いまはた如何に ねざめせられむ
夕暮れになると荻に吹く風の音は強くなります。こうなっては、さぞ夜中に目覚めさせられるでしょう。
0304 夕されば荻の葉むけを吹く風にことぞともなく涙落ちけり
ゆうされば おぎのはむけを ふくかぜに ことぞともなく なみだおちけり
夕方になって、荻の葉の向きを片方に向けさせるように吹く風の音を聞いていると、何ということもなく涙がこぼれてきます。
0305 荻の葉も契りありてや秋風のおとづれそむるつまとなりけむ
おぎのはも ちぎりありてや あきかぜの おとづれ初むる つまとなりけん
荻の葉も縁があって、秋風が吹きはじめる時の相手となったのでしょうか。
0306 秋来ぬと松吹く風も知らせけりかならず荻の上葉ならねど
あききぬと まつふくかぜも しらせけり かならずおぎの うわばならねど
秋が来たよと、松に吹く風も知らせています。かならずしも荻の上葉に吹く風ではありませんが。
0307 日をへつつ音こそまされ和泉なる信太の杜の千枝の秋風
ひをへつつ おとこそまされ いずみなる しのだのもりの ちえのあきかぜ 
日が経つにつれ音が強くなっていきます。和泉の信太の杜の多くの枝に吹く秋風は。
0308 うたたねの朝けの袖にかはるなりならす扇の秋の初風
うたたねの あさけのそでに かわるなり ならすおうぎの あきのはつかぜ
うたたねから覚めた明け方の袖に吹く風が変わったようです。使い慣らした扇の鳴らす音から秋の初風へと。
0309 手もたゆくならす扇のおきどころ忘するばかりに秋風ぞ吹く
てもたゆく ならすおうぎの おきどころ わするばかりに あきかぜぞふく
手もだるくなるくらい使い慣らした扇の置き場所を忘れてしまうほどに涼しい秋風が吹いています。
0310 秋風は吹き結べども白露の乱れておかぬ草の葉ぞなき
あきかぜワ ふきむすべども しらつゆの みだれておかぬ くさのはぞなき
秋風は、吹いて白露を結ばせるけども、ばらばらになって白露を置いてない草の葉はないですよ。
0311 朝ぼらけ荻の上葉の露見ればややはだ寒し秋の初風
あさぼらけ おぎのうわばの つゆみれば ややはださむし あきのはつかぜ
明け方、荻の上葉の露を見ると少し肌寒く感じます。秋の初風が吹いているからですね。
0312 吹き結ぶ風は昔の秋ながらありしにも似ぬ袖の露かな
ふきむすぶ かぜわむかしの あきながら ありしにもにぬ そでのつゆかな
吹いて露を結ぶ風は昔から同じ秋の風ですが、昔とは似ても似つかない私の袖に置く露です。
0313 大空をわれもながめて彦星の妻待つ夜さへひとりかも寝む
おおぞらを われもながめて ほしひこの つままつよさえ ひとりかもねん
七夕の日に大空を星彦が妻を待って眺める夜さえ私も眺めて独り寝をするのでしょうか。
0314 この夕べ降りつる雨は彦星のと渡る舟の櫂のしづくか
このゆうべ ふりつるあめワ ひこぼしの とわたるふねの かいのしずくか
この七夕の夕方に降った雨は、彦星が天の川の川戸を渡る舟の櫂のしずくでしょうか。
0315 年をへてすむべき宿の池水は星合の影も面なれやせむ
としをへて すむべきやどの いけみずワ ほしあいのかげも おもなれやせん
これから末永きに渡って住まれるであろうこの屋敷の澄んだ池の水は、池に映る七夕の星たちの光とも見慣れたものとなるでしょう。
0316 袖ひちてわが手にむすぶ水の面に天つ星合の空を見るかな
そでひちて わがてにむすぶ みずのもに あまつほしあいの そらをみるかな
袖をぬらして、手の平ですくった水の面に、七夕の天の二つの星が輝く空を見ています。
0317 雲間より星合の空を見わたせばしづ心なき天の川波
くもまより ほしあいのそらを みわたせば しづごころなき あまのかわなみ
雲の間より二つの星がで会う空を見わたせば、落ち着かない天の川波です。私も二つの星が無事に出会えるのか心落ち着きません。
0318 七夕の天の羽衣うち重ね寝る夜涼しき秋風ぞ吹く
たなばたの あまのはごろも うちかさね ねるよすずしき あきかぜぞふく 
彦星と織女が、天の羽衣を重ねて共に寝る七夕の夜に涼しい秋風が吹いてます。
0319 七夕の衣のつまは心して吹きな返しそ秋の初風
たなばたの ころものつまは こころして ふきなかえしそ あきのはつかぜ
彦星と織女の衣の端を気をつけてね。吹き返えして夫々離れ離れにしてしまわないで秋の初風よ。
0320 七夕のと渡る舟の梶の葉に幾秋書きつ露の玉章
たなばたの とわたるふねの かじのはに いくあきかきつ つゆのたまづさ
七夕にそのように渡って行く舟の梶のように梶の葉に、どれくらいの長い間秋が来れば書いたでしょう、露を集めて磨った墨の恋文を。
0321 ながむれば衣手涼し久方の天の河原の秋の夕暮れ
ながむれば ころもですずし ひさかたの あまのかわらの あきのゆうぐれ
じっと眺めていると衣の袖が涼しくなってきました。天の川の河原の秋の夕暮れ。
0322 いかばかり身にしみぬらむ七夕のつま待つ宵の天の川風
いかばかり みにしみぬらん たなばたの 夫まつよいの あまのかわかぜ
さぞ深く感じ入ってるでしょうね。七夕の日の織女が彦星を待つ夕方の天の川に吹く川風を。
0323 星合の夕べ涼しき天の川もみぢの橋を渡る秋風
ほしあいの ゆうべすずしき あまのかわ もみじのはしを わたるあきかぜ
彦星と織女が逢っている夕方、涼しい秋風が天の川の紅葉の橋を吹き過ぎてます。
0324 七夕の逢ふ瀬絶えせぬ天の川いかなる秋か渡りそめけむ
たなばたの おうせたえせぬ あまのかわ いかなるあきか わたりそめけん
彦星と織女が逢う機会が絶えることのない天の川。どうのような秋に彦星は川を渡り始めたのでしょう。
0325 わくらばに天の川波よるながら明くる空には任せずもがな
わくらばに あまのかわなみ よるながら あくるそらにわ まかせずもがな
一年に一度のまれに彦星と織女が逢うのだから、天の川波が寄るようにずっと夜のままで、夜が明けるという自然に任せたくないわね。
0326 いとどしく思ひけぬべし七夕の別れの袖における白露
いとどしく おもいけぬべし たなばたの わかれのそでに おけるしらつゆ
ますます思いを断ち切れないに違いない。彦星と織女が別れの時に名残りを惜しむ袖に置く涙。
0327 七夕は今や別るる天の川川霧たちて千鳥鳴くなり
たなばたワ いまやわかるる あまのかわ かわぎりたちて ちどりなくなり
彦星と織女は、今別れようとしてるのでしょうか。天の川の川霧がたって千鳥が鳴いています。
0328 川水に鹿のしがらみ掛けてけり浮きて流れぬ秋萩の花
かわみずに しかのしがらみ かけてけり うきてながれぬ あきはぎのはな
川の中に鹿が入って行ってしがらみとなってます。それに引っかかって水に浮いて流れないしがらみを作っている秋萩の花です。
0329 狩衣われとは摺らじ露深き野原の萩の花に任せて
かりごろも われとわすらじ つゆふかき のはらのはぎの はなにまかせて
狩り衣に自分で文様を染めることはしまい。露がいっぱい降りている野原の萩の花が染めてくれるのに任せましょう。
0330 秋萩を折らでは過ぎじ月草の花摺り衣露に濡るとも
あきはぎを おらでわすぎじ つきくさの はなすりごろも つゆにぬるとも
美しい秋萩を折らないで通り過ぎることはできないよ。露草の花で染めた衣が露に濡れて色あせても。
0331 萩が花真袖にかけて高円の尾上の宮に領巾振るやたれ
はぎがばな まそでにかけて たかまどの おのえのみやに ひれふるたれや
萩の花を両袖にかけて、高円山の山上にある離宮で、首からかけた領巾を振っているのは誰だろう
0332 置く露もしづ心なく秋風に乱れて咲ける真野の萩原
おくつゆも しづごころなく あきかぜに みだれてさける まののはぎわら
その花に置く露も落ち着きがなく秋風に乱れて、花も風に吹き乱れて咲いている真野の萩原。
0333 秋萩の咲き散る野辺の夕露に濡れつつ来ませ夜は更けぬとも
あきはぎの さきちるのべの ゆうつゆに ぬれつつきませ よワふけぬとも
秋萩の咲いては散る野辺の夕露にぬれながらいらっしゃい、たとえ夜が更けてしまっても。
0334 さを鹿の朝立つ野辺の秋萩に玉と見るまでおける白露
さをしかの あさだつのべの あきはぎに たまとみるまで おけるしらつゆ
牡鹿が朝早く旅立つ野辺に、玉のように美しい秋萩は、起きて嘆き置く白露のような涙。
0335 秋の野を分けゆく露にうつりつつわが衣手は花の香ぞする
あきののを わけゆくつゆに うつりつつ わがころもでワ はなのかぞする
秋の野を分けて行くと、袖についた露に花の香が染みついて、そして私の袖は花の香がすることだ。
0336 たれをかもまつちの山のをみなへし秋と契れる人ぞあるらし
たれをかも まつぢのやまの をみなえし あきとちぎれる ひとぞあるらし
誰を待っているのでしょう、真土山の女郎花は。秋に逢う約束をしている男性がいるようです。伊勢物語96段。
0337 をみなへし野辺の古里思い出でて宿りし虫の声や恋しき
をみなえし のべのふるさと おもいいでて やどりしむしの こえやこいしき
以前に生えていた古里の野辺を思い出しながら女郎花は、其処を住まいとしていた虫の声がなつかしいです。
0338 夕されば玉散る野辺のをみなへし枕定めぬ秋風ぞ吹く
ゆうされば たまちるのべの をみなえし まくらさだめぬ あきかぜぞふく
夕方になると露の玉が散る野辺に咲く女郎花。心乱れた女性がどちらの方向に枕を定めようか決めかねるような秋風が吹いている。
0339 藤袴主はたれとも白露のこぼれてにほふ野辺の秋風
ふじばかま ぬしはたれとも しらつゆの こぼれてにおう のべのあきかぜ
誰の袴か知らないけれど、露の湿気によって藤袴の香りが高まり、それが秋風にのって野辺に漂っています。
0340 薄霧の籬の花の朝じめり秋は夕べとたれかいひけむ
うすぎりの まがきのはなの あさじめり あきはゆうべと たれかいいけん
薄霧のために朝、しっとり濡れた籬の花の美しさを見て、朝は朝の趣があると思う。秋は夕べの趣が一番と言ったのは誰でしょう。
0341 いとかくや袖はしをれし野辺に出でて昔も秋の花は見しかど
いとかくや そでワし折れし のべにいでて むかしもあきの はなワみしかど
野辺に出てこんな風にひどく袖が濡れしおれているが、昔だって秋の花を見に行ったりしたけどね。年老いて涙もろくなったものだ。
0342 花見にと人やりならぬ野辺に来て心のかぎりつくしつるかな
はなみにと ひとなりやらぬ のべにきて こころのかぎり つくしつるかな
秋の花を見に行こうと自分の意志で筑紫の郊外にある野辺に来たが、心の底からその美しさに感激したよ。
0343 起きて見むと思ひしほどに枯れにけり露よりけなる朝顔の花
おきてみんと おもいしほどに かれにけり つゆよりけなる あさがおのはな
起きて、朝顔の花に置いてある露と一緒に花を見ようと思っていらもう枯れてました。露よりはかない朝顔の花です。
0344 山がつの垣ほに咲ける朝顔はしののめならで逢ふよしもなし
山賤の かきほにさける あさがおワ 東雲ならで あうよしもなし
山の中に住む身分の低い人の家の垣に咲く飛び抜けた美しい朝顔は、明け方の東の空が明るくなった時しか逢う手段もありません。
0345 うらがるる浅茅が原の刈萱の乱れてものを思ふころかな
末枯るる あさじがはらの かるかやの みだれてものを おもうころかな 
葉先が枯れている丈の低い篠が一面に生えている原に咲く刈萱の花を見て心も乱れてもの思う秋の季節です。
0346 さを鹿の入野のすすき初尾花いつしか妹が手枕にせむ
さをじかの いるののすすき はつおばな いつしかいもが たまくらにせん
雄鹿の踏み分け入る入野の薄。何時その薄の初穂のような初々しい子の手を枕とすることができるのかな。早くそうなりたいね。
0347 小倉山ふもとの野辺の花すすきほのかに見ゆる秋の夕暮れ
おぐらやま ふもとののべの はなすすき ほのかにみゆる あきのゆうぐれ
小倉山の麓の野辺の薄の穂が、ほのかに見える秋の夕暮れです。
0348 ほのかにも風は吹かなむ花すすき結ぼほれつつ露に濡れるとも
ほのかにも かぜワふかなん はなすすき むすぼほれつつ つゆにぬれるとも
ほのかでも風が吹いて伝えてほしい。穂の出た薄が、風のためになびきもつれて、露に濡れているように涙にぬれて心が塞いでいると。
0349 花すすきまた露深しほに出でてながめじと思ふ秋のさかりを
はなすすき またつゆふかし ほにいでて ながめじとおもう あきのさかりを
薄の穂にも又私の涙のように露が深く置いていて、じっと眺めないでおこうと思う、まだ秋の真最中なのに。
0350 野辺ごとにおとづれわたる秋風をあだにもなびく花すすきかな
のべごとに おとづれわたる あきかぜを あだにもなびく はなすすきかな
どの野辺にも吹き訪れる秋風なのに、不実にもなびく薄の穂ですよ。
0351 明けぬとて野辺より山に入る鹿のあと吹き送る萩の下風
あけぬとて のべよりやまに いるしかの あとふきおくる はぎのしたかぜ
夜が明けたので野辺から山に入って行く鹿の後を、慕うかのように吹き送る萩の下風。
0352 身にとまる思ひを荻の上葉にてこのごろかなし夕暮れの空
みにとまる おもいをおぎの うわばにて このごろかなし ゆうぐれのそら
わが身に留まる思いを置くのは我が身であるのに、思いを荻の葉の上を吹く風として、秋の季節は悲しくなるよ、夕暮の空の下で。
0353 身のほどを思ひつづくる夕暮れの荻の上葉に風わたるなり
みのほどを おもいつづくる ゆうぐれの おぎのうわばに かぜわたるなり
自分の身のつたなさを思い続けていた夕暮れに、荻の葉の上を風が吹き渡る音が聞こえます。
0354 秋はただものをこそ思へ露かかる荻の上吹く風につけても
あきワただ ものをこそおもえ つゆかかる おぎのうえふく かぜにつけても
秋はただもう物思いにふけることですよ。露がかかっている荻の葉の上を吹く風の音を聞くにつけても。
0355 秋風のやや肌寒く吹くなへに荻の上葉の音ぞかなしき
あきかぜの ややはださむく ふくなえに おぎのうわばの おとぞかなしき
秋風がだんだん肌寒く吹くようになるにつれて、荻の葉の上を吹く風の音が泣きたくなるような気持ちにさせるよ。
0356 荻の葉に吹けばあらしの秋なるを待ちける夜はのさを鹿の声
おぎのはに ふけばあらしの あきなるを まちけるよわの さをじかのこえ
荻の葉に吹き始めると山風は草木をしおれさせる秋の風となるが、夜、それを待ってたように妻恋いの牡鹿の鳴き声が聞こえてくる。
0357 おしなべて思ひしことの数々になほ色まさる秋の夕暮れ
おしなべて おもいしことの かずかずに なおいろまさる あきのゆうぐれ
大体において物思いしたことの数々よりもさらに悲しみの色が勝る秋の夕暮れです。
0358 暮れかかるむなしき空の秋を見て覚えずたまる袖の露かな
くれかかる むなしきそらの あきをみて おぼえずたまる そでのつゆかな
日が沈んで暗くなるころ、ただただ広がる大空の虚しくなる秋の風情を見て、知らず知らずのうちに袖に涙がたまっています。
0359 もの思はでかかる露やは袖に置くながめてけりな秋の夕暮れ
ものおもわで かかるつゆやワ そでにおく ながめてけりな あきのゆうぐれ
物思いをしないでこの様な涙が袖に置くでしょうか。知らず知らずのうちに物思いをしながら秋の夕暮れを眺めていたのですね。
0360 み山路やいつより秋の色ならむ見ざりし雲の夕暮れの空
みやまじや いつよりあきの いろならむ みざりしくもの ゆうぐれのそら
山路はいつから秋を感じさせる色合いになってるのでしょう。見たことのないような色合いの雲が夕暮れの空に広がってます。
0361 さびしさはその色としもなかりけり真木立つ山の秋の夕暮れ
さびしさワ そのいろとしも なかりけり まきたつやまの あきのゆうぐれ
寂しさは色彩的なものではない。常緑樹が並ぶ山の秋の夕暮れも寂しいと感じるのだから。目に見えてどうというわけでもないのです。
0362 心なき身にもあわれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ
こころなき みにもあわれワ しられけり しぎたつさわの あきのゆうぐれ
世を捨てて出家したはずの我が身にも人生の無常観が身にしみます、秋の夕暮れ時、鴫が羽音を残して飛び立ったあとの静けさよ。
0363 見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ
みわたせば はなももみじも なかりけり うらのとまやの あきのゆうぐれ
見渡すと、春の桜も秋の紅葉も何もありません。ただ海辺の苫葺(とまぶき)の小屋があるだけの秋の夕暮れのこの寂しい景色よ。
0364 たへてやは思ひありともいかがせむむぐらの宿の秋の夕暮れ
たえてやワ おもいありとも いかがせん むぐらのやどの あきのゆうぐれ
もしあの人に恋慕の思いがあったとしてもどうすることが出来るでしょうか、できません。葎が茂る荒れた庭の秋の夕暮れのもとで。
0365 思ふことさしてそれとはなきものを秋の夕べを心にぞ問ふ
おもうこと さしてそれとワ なきものを あきのゆうべを こころにぞとう
気に病むようなこともさしてこれがそうだというようなものはないのに、秋の夕べはどうして悲しくなるのか自分の心に問いてみます。
0366 秋風のいたりいたらぬ袖はあらじただわれからの露の夕暮れ
あきかぜの いたりいたらぬ そでワあらじ ただわれからの つゆのゆうぐれ
秋風がやって来る袖やって来ない袖というのはないのです。ただ自分の責任で袖に涙を置いてしまう夕暮れです。
0367 おぼつかな秋はいかなるゆゑのあればすずろにもののかなしかるらむ
おぼつかな あきワいかなる ゆえのあれば すずろにものの かなしかるらん
はっきり分りません。秋はどのような理由があって、そう思ってないのに勝手に悲しくなるのでしょう。
0368 それながら昔にもあらぬ秋風にいとどながめをしつのをだまき
それながら むかしにもあらぬ あきかぜに いとどながめを しづのをだまき
昔からであると思いながら昔のとは違う秋風の音を聞きながら、さらに物思いにふけって見つめることを糸巻のように繰り返すのです。
0369 ひぐらしの鳴く夕暮れぞ憂かりけるいつもつきせぬ思ひなれども
ひぐらしの なくゆうぐれぞ うかりける いつもつきせぬ おもいなれども
ひぐらしが鳴く夕暮れ時ですね、特につれない思いをさせるのは。いつも果てることなく考え悩んでますが。
0370 秋来れば常盤の山の松風もうつるばかりに身にぞしみける
あきくれば ときわのやまの まつかぜも うつるばかりに みにぞしみける
秋が来ると常盤の山の常緑の松に吹く風も紅葉の色が移るかのように身に染みてきます。
0371 秋風のよもに吹きくる音羽山なにの草木かのどけかるべき
あきかぜの よもにふきくる おとばやま なにのくさきか のどけかるべき
秋風が四方から吹いてくる音がする音羽山、どうして草木がこのような音を聞いてのどかにいられるでしょうか。
0372 あかつきの露は涙もとどまらで恨むる風の声ぞ残れる
あかつきの つゆワなみだも とどまらで うらむるかぜの こえぞのこれる
暁の後朝の別れの涙は少しも止まることなくこぼれ続け、あとには恨むような風の声が残ってるだけです。
0373 高円の野路の篠原末さわぎそそやこがらし今日吹きぬなり
たかまどの のじのしのはら すえさわぎ そそやこがらし きょうふきぬなり
高円の野中の道の篠原では、葉末がざわざわと音を立てています。そうそう木枯らしが今日吹いたのですよ。
0374 深草の里の月影さびしさも住みこしままの野辺の秋風
ふかくさの さとのつきかげ さびしさも すみこしままの のべのあきかぜ
草深い深草の里に月の光。昔私が住み続けていた当時のままです。月の澄みきった光も野辺を吹く秋風のさびしさも。伊勢物語123段
0375 大荒木の杜の木の間をもりかねて人頼めなる秋の夜の月
おおあらきの もりのこのまを もりかねて ひとたのめなる あきのよのつき
大きな木がまばらに立ち並らぶ杜ならば月の光ももれて来そうなのにもれて来ず、あてにして良いのやら悪いのやら秋の夜の月です。
0376 有明の月待つ宿の袖の上に人頼めなる宵の稲妻
ありあけの つきまつやどの そでのうえに ひとたのめなる よいのいなづま
有明の月の出を待っていると、その袖に期待していた月の光かと思わせるような宵の稲妻です。
0377 風わたる浅茅が末の露にだに宿りもはてぬ宵の稲妻
かぜわたる あさじがすえの つゆにだに やどりもはてぬ よいのいなづま
風が吹き過ぎる浅茅の葉末に置いた露でさえもこぼれ落ちて留まっている間がないくらいの一瞬の宵の稲妻です。
0378 武蔵野やゆけども秋のはてぞなきいかなる風か末に吹くらむ
むさしのや ゆけどもあきの はてぞなき いかなるかぜか すえにふくらん
果てもない武蔵野の広さよ、どこまで行っても秋の趣が終わる時がありません。一体、野の果てではどのような風が吹いているのか。
0379 いつまでか涙曇らで月は見し秋待ちえても秋ぞ恋しき
いつまでか なみだくもらで つきワみし あきまちえても あきぞこいしき
涙で曇らない月を見たのは一体いつ頃までだったか。やっと待っていた秋がやって来ても涙で曇らない月を見れる秋が恋しいのです。
0380 ながめわびぬ秋よりほかの宿もがな野にも山にも月や澄むらむ
ながめわびぬ あきよりほかの やどもがな のにもやまにも つきやすむらん
月を見ながら物思いにふけることに耐えられません。秋以外の住みかがあればなあ。でも野でも山でも月は澄んで輝いているだろう。
0381 月影の初秋風とふけゆけば心づくしにものをこそ思へ
つきかげの はつあきかぜと ふけゆけば こころづくしに ものをこそおもえ
夜も更けてゆき、月の光も初秋風が吹いていくとともに澄み渡っていくと、感傷的になっていろいろ物思いに気を揉むことだ。
0382 足引きの山のあなたに住む人は待たでや秋の月を見るらむ
あしびきの やまのあなたに すむひとワ またでやあきの つきをみるらん
山の向こう側に住んでいる人は、待つことなく秋の月を見ているのかな。
0383 敷島や高円山の雲間より光さしそふ弓はりの月
しきしまや たかまとやまの くもまより ひかりさしそう ゆみはりのつき
大和の国や、的のような高円山の雲の間から、弓矢を射すような光をさす上弦の月。
0384 人よりも心のかぎりながめつる月は誰とも分かじものゆゑ
ひとよりも こころのかぎり ながめつる つきワだれとも わかじものゆえ
他の誰よりも心の及ぶ限り月を眺めましたよ。月の方は誰が見ていようと分け隔てはしないでしょうが。
0385 あやなくも雲らぬ宵をいとふかな信夫の里の秋の夜の月
あやなくも くもらぬよいを いとうかな しのぶのさとの あきのよのつき
言うだけ無駄なんだけどね、曇ってない夜は避けたいよね。信夫の里に忍んで通うには明るく輝く秋の夜の月。
0386 風吹けば玉散る萩の下露にはかなく宿る野辺の月かな
かぜふけば たまちるはぎの したつゆに はかなくやどる のべのつきかな
風が吹くと玉となって散っていく萩の葉からしたたり落ちる露に、かりそめに泊まっている野辺を照らす月です。
0387 今宵誰すず吹く風を身にしめて吉野の嶽の月を見るらむ
こよいたれ 篠ふくかぜを みにしめて よしののたけの つきをみるらん
今宵、誰が篠竹を吹く風を身に沁み込ませて吉野の高い山の頂の月を見ているのでしょう。山伏修行はつらいよね。
0388 月見れば思ひぞあへぬ山高みいづれの年の雪にかあるらむ
つきみれば おもいぞあえぬ やまたかみ いづれのとしの ゆきにかあるらん
高い山に光射す月を見るととても月の光とは思えません。山が高いのでいつの年に降ったのか分からない万年雪のように思ってしまう。
0389 鳰の海や月の光のうつろへば波の花にも秋は見えけり
におのうみや つきのひかりの うつろえば なみのはなにも あきワみえけり
琵琶湖では、月の光が湖面に映ると、白くくだける美しい波の泡にも秋が来たことが分かりますよ。
0390 ふけゆかばけぶりもあらじ塩釜の恨みなはてそ秋の夜の月
ふけゆかば けむりもあらじ しおがまの うらみなはてそ あきのよのつき
夜遅くなってくると塩釜の煙も立ち上って行かないよね。煙のせいで曇らされるといつまでも恨んでないでね、塩釜の浦の秋のお月様。
0391 ことわりの秋にはあへぬ涙かな月の桂も変る光に
ことわりの あきにワあえぬ なみだかな つきのかつらも かわるひかりに
もっともですが秋には留めることが出来ない涙です。伝説にある月の中に桂の巨木が、と言うその桂も紅葉して光が変わったのだから。
0392 ながめつつ思ふもさびし久方の月の都の明方の空
ながめつつ おもうもさびし ひさかたの つきのみやこの あけがたのそら
じっと伝説の月宮殿があると言われる月を眺めていると寂しくなる思いです。明け方の消え入りそうな有明の月。
0393 古里の本あらの小萩咲きしより夜な夜な庭の月ぞうつろふ
ふるさとの もとあらのこはぎ さきしより よなよなにわの つきぞうつろう
自宅の庭に根元がまばらな小ぶりな萩の花が咲いてから、夜ごと庭を照らす月の光が花に映ってます。
0394 時しもあれ古里人は音もせでみ山の月に秋風ぞ吹く
ときしもあれ ふるさとびとワ おともせで みやまのつきに あきかぜぞふく
ほかに時もあるのにこんな時期に、昔からの知り合いの都の人は訪れても来ないで、深山に寂しく月は照り、秋風が吹いてます。
0395 深からぬ外山の庵の寝覚めだにさぞな木の間の月はさびしき
ふかからぬ とやまのいおの ねざめだに さぞなこのまの つきワさびしき
深くない里近くの山の庵での寝覚めさえ、さぞ木の間からもれる月の光は寂しいことでしょう。(ここ深山の庵にさす月の寂しさ。)
0396 月はなほもらぬ木の間も住吉の松をつくして秋風ぞ吹く
つきワなお もらぬこのまも すみよしの まつをつくして あきかぜぞふく
月は依然として木の間を洩れて来ないけど、住吉の松並木を洩らすことなく澄んだ秋風が吹いてます。
0397 ながむればちぢにもの思ふ月にまたわが身ひとつの峰の松風
ながむれば ちぢにものおもう つきにまた わがみひとつの みねのまつかぜ
一心に眺めていると、千々にもの思って心が乱れる月の光なのに、さらに自分一人にだけもっと心乱れさせる峰の松風が吹いてます。
0398 足引きの山路の苔の露の上に寝覚め夜深き月を見るかな
あしびきの やまじのこけの つゆのうえに ねざめよふかき つきをみるかな
山の中の道で苔に露が降りている上で宿っていると、深夜に目覚めてしまい、苔の露に宿る月を見、空の月を眺めてしまった。
0399 心ある雄島の海人の袂かな月宿れとは濡れぬものから
こころある おじまのあまの たもとかな つきやどれとワ ぬれぬものから
情緒を解する雄島の海人の袖なんですよ。月の光を宿りなさいと濡れたわけじゃないけど月の光を宿してます。
0400 忘れじな難波の秋の夜はの空こと浦に澄む月は見るとも
わすれじな なにわのあきの よわのそら ことうらにすむ つきワみるとも
忘れませんよ、難波の浦の秋の夜の空のことは。違う浦に住むことになって其処で澄む月を見ることになってもね。
0401 松島や潮汲む海人の秋の袖月はもの思ふならひのみかは
まつしまや しおくむあまの あきのそで つきワものおもう 慣いのみかわ
松島の、秋の袖に月が宿るのは、物思う人の慣(なら)いかと思ったが、海水を汲んで塩を作る、悩んでない人の袖だってみな同じ。
0402 言問はむ野島が崎の海人衣波と月とにいかがしをるる
こととわん のじまがさきの あまごろも なみとつきとに いかがしおるる 
尋ねてみましょう。野島が崎の海人衣は、波と月を見て流す涙とでどのようにしおれているか。
0403 秋の夜の月や雄島のあまの原明方ちかき沖の釣舟
あきのよの つきやおじまの あまのはら あけがたちかき おきのつりぶね
秋の夜の月を惜しんでいるのでしょうか雄島の海人は。空は明け方に近いのに沖にはまだ釣舟が浮かんでます。
0404 憂き身にはながむるかひもなかりけり心に曇る秋の夜の月
うきみにワ ながむるかいも なかりけり こころにくもる あきのよのつき
悲しい事の多い身には、眺める甲斐もありません。晴れ晴れしない気持ちのために曇って見える秋の夜の月を。
0405 いづくにか今宵の月の曇るべき小倉の山も名をや変ふらむ
いづくにか こよいのつきの くもるべき おぐらのやまも なをやかうらん
どこで今宵の月が曇るでしょうか。否、小暗と言う小倉山のほうが名前を変えることでしょうよ。
0406 心こそあくがれにけれ秋の夜の夜深き月をひとり見しより
こころこそ あくがれにけれ あきのよの よふかきつきを ひとりみしより
私の心ときたら身から離れて出てふらふらしてますよ。秋の夜の夜更けの月を一人で見ていると。
0407 変らじな知るも知らぬも秋の夜の月待つほどの心ばかりは
かわらじな しるもしらぬも あきのよの つきまつほどの こころばかりワ
変らないでしょうね。私の知っている人も知らない人も月の出を待っている間の心持ちは。
0408 頼めたる人はなけれど秋の夜は月見で寝べき心地こそせね
たのめたる ひとワなけれど あきのよワ つきみでぬべき ここちこそせね
尋ねて来てくれると期待させる人はいないけど、それでも秋の夜は月を見ないで寝るなんて気持ちにはならないわよね。
0409 見る人の袖をぞしぼる秋の夜は月にいかなる影かそふらむ
みるひとの そでをぞしぼる あきのよワ つきにいかなる かげかそうらん
私が涙に濡れた袖を絞る秋の夜の月は、その月の光にどのような面影が加わっているのでしょう。
0410 身にそへる影とこそ見れ秋の月袖にうつらぬ折しなければ
みにそえる かげとこそみれ あきのつき そでにうつらん おりしなければ
秋の月を私は身に付けている光と思ってます。どうしてといって、涙に濡れた袖に映らない時なぞありませんから。
0411 月影の澄みわたるかな天の原雲吹き払ふ夜はのあらしに
つきかげの すみわたるかな あまのはら くもふきはらう よわのあらしに
大空に月の光が澄み渡ってますね。夜更けの嵐が空の雲を吹き払ってくれたので。
0412 立田山夜はにあらしの松吹けば雲にはうとき峰の月影
たつたやま よわにあらしの まつふけば くもにワうとき みねのつきかげ
立田山では夜更けに強い山風が松に吹くので、雲は吹き散らされ、峰の月の光は松の間から射してくる。雲と月影は縁がないことよ。
0413 秋風にたなびく雲の絶え間よりもれいづる月の影のさやけさ
あきかぜに たなびくくもの たえまより もれいづるつきの かげのさやけさ
秋風に吹かれて、横に層をなして薄く引く雲の途絶えた間から洩れてきた月の光の清く澄んだ明るさ。
0414 山の端に雲の横ぎる宵の間は出でても月ぞなほ待たれける
やまのはに くものよこぎる よいのまワ いでてもつきぞ なおまたれける
山の端に月が出ても、まだ宵の口の間は雲が横ぎって、間々さえぎられるので、さらに上って月を見られるのを待ちたいです。
0415 ながめつつ思ふに濡るる袂かな幾夜かは見む秋の夜の月
ながめつつ おもうにぬるる たもとかな いくよかワみん あきのよのつき
じっと月を眺めて物思いに沈みながら涙で濡れる袂です。あと幾夜見ることになるのでしょう秋の夜の月を。
0416 宵の間にさても寝ぬべき月ならば山の端近きものは思はじ
よいのまに さてもねぬべき つきならば やまのはちかき ものワおもわじ
宵の間に寝てしまえるような月だったら、山の端に近づいて沈もうとしていても物思いに沈むことはないでしょう。
0417 ふくるまでながむればこそかなしけれ思ひも入れじ秋の夜の月
更くるまで ながむればこそ かなしけれ おもいもいれじ あきのよのつき
夜が更けるまでじっと月を見ながら物思いにふけるから悲しくなるのです。もう物思いをし過ぎないで見ましょう、秋の夜の月を。
0418 雲はみな払いはてたる秋風を松に残して月を見るかな
くもワみな はらいはてたる あきかぜを まつにのこして つきをみるかな
雲は全て払ってしまっている秋風を松林だけに残して松風を聞きながら何もない空に輝く月を見ています。
0419 月だにもなぐさめがたき秋の夜の心も知らぬ松の風かな
つきだにも なぐさめがたき あきのよの こころもしらぬ まつのかぜかな
月を見るだけでもなかなか心が晴れるのは難しい秋の夜の私の心なのに、そんな私の心も知らないで松の梢に吹くさわやかな風よ。
0420 さむしろや待つ夜の秋の風ふけて月を片敷く宇治の橋姫
さむしろや まつよのあきの かぜふけて つきをかたしく うじのはしひめ
莚に衣の片袖を敷いて、独り寂しく恋人を待つ秋の風は冷たく、夜は更け、年もいって、月の光を片敷くかのような悲恋の宇治橋の姫。
0421 秋の夜の長きかひこそなかりけれ待つにふけぬる有明の月
あきのよの ながきかいこそ なかりけれ まつにふけぬる ありあけのつき
秋の夜は長いのに、そのかいもないわね。待ち続けてもかいなく夜が更けて、とうとう有明の月が出るまでになってしまった。
0422 行く末は空もひとつの武蔵野に草の原より出づる月影
ゆくすえワ そらもひとつの むさしのに くさのはらより いづるつきかげ
遠い彼方の地平線と空と一緒になった武蔵の国の草原から出で来たる月の光よ。
0423 月をなほ待つらむものか村雨の晴れゆく雲の末の里人
つきをなお まつらんものか むらさめの はれゆくくもの すえのさとびと
やはり月を待っているのかなあ。こちらはもう晴れてきたけど、村雨を降らした雲が行く先で、月が出るのを待っている里の人たちは。
0424 秋の夜は宿かる月も露ながら袖に吹きこす荻の上風
あきのよワ やどかるつきも つゆながら そでにふきこす おぎのうわかぜ
秋の夜には、露に宿を借りている月は、露と同じ故に一緒に飛ばされてしまいます、袖に吹き付けて越していく荻の葉の上を吹く風に。
0425 秋の月しのに宿かる影たけて小笹が原に露ふけにけり
あきのつき しのにやどかる かげたけて おざさがはらに つゆふけにけり
秋の月は、篠竹いっぱいに宿をかりて、その光は格調高く深みを増し、小笹の茂った原に露は深く置き、夜もすっかり更けてしまった。
0426 風わたる山田の庵をもる月や穂波に結ぶ氷なるらむ
かぜわたる やまだのいおを もるつきや ほなみにむすぶ こおりなるらん
風が吹き渡る、山を開墾して作った田にある庵を守るように月の光は洩れ出づるが、その光は稲穂の波に固まる氷なのだろうか。
0427 雁の来る伏見の小田に夢覚めて寝ぬ夜の庵に月を見るかな
かりのくる ふしみのおだに ゆめさめて ねぬよのいおに つきをみるかな
雁が飛んでくる伏見の里の田中にある庵で伏して寝ていたが、雁の鳴き声で夢からさめて寝られないまま庵から月を見ているよ。
0428 稲葉吹く風にまかせて住む庵は月ぞまことにもり明かしける
いなばふく かぜにまかせて すむいおワ つきぞまことに もりあかしける
稲葉に吹く風に鳴子を任せて住む田の仮の庵では、月がまことに番をするかのように洩れ入り、夜を明かしてしまったわ。
0429 あくがれて寝ぬ夜の塵の積もるまで月に払はぬ床のさむしろ
あくがれて ねぬよのちりの つもるまで つきにはらわぬ とこのさむしろ
うわの空で月に心を惹かれて、寝ない日々の夜に積もった床の敷物の塵を払わないのは、月のせいなのよ。
0430 秋の田の仮寝の床の稲むしろ月宿れとも敷ける露かな
あきのたの かりねのとこの いなむしろ つきやどれとも しけるつゆかな
秋の田の番をするために、仮に寝るための庵の床に敷いた莚、その莚に置かれた露に月は宿ってますが、益々広げて置いていく露です。
0431 秋の田に庵さす賤の苫をあらみ月とともにやもり明かすらむ
あきのたに いおさすしづの とまをあらみ つきとともにや もりあかすらん
秋の田に庵を作る身分卑しき者が編む苫の目が粗いので、月の光が洩れ入って、その月と一緒に田を守って夜を明かすのでしょうか。
0432 秋の色は籬にうとくなりゆけど手枕なるる閨の月影
あきのいろワ まがきにうとく なりゆけど たまくらなるる ねやのつきかげ
秋の風情は籬の草の色から遠くなっていくけど、私の手枕に馴染んで来る閨から差し込む月の光よ。
0433 秋の露や袂にいたく結ぶらむ長き夜あかず宿る月かな
あきのつゆや たもとにいたく むすぶらん ながきよあかず やどるつきかな
秋の露が袂にたいそう沢山付いているのでしょうか。長い夜を、飽きもせず袂に宿り続ける月なんです。
0434 さらにまた暮を頼めと明けにけり月はつれなき秋の夜の空
さらにまた くれをたのめと あけにけり つきワつれなき あきのよのそら
さらにまた、またの夕暮れを頼りにね、と言わんばかりに秋の夜は明けた。月はそんな思いなど関係なく有明の空に残ってます。
0435 大方に秋の寝覚めの露けくはまた誰が袖に有明の月
おおかたに あきのねざめの つゆけくワ またたがそでに ありあけのつき
一般的に秋の目覚めが露っぽい、涙っぽいならば、また他の誰の袖に有明の月は宿るのでしょう。
0436 払いかねさこそは露のしげからめ宿るか月の袖の狭きに
はらいかね さこそはつゆの しげからめ やどるかつきの そでのせまきに
払い切れないくらいたくさんの露がおいているにしても、月は宿りますね、私の袖の狭いところに。 伊勢物語87段
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