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ほととぎす雲居のよそに過ぎぬなり晴れぬ思ひのさみだれの頃  (巻第三 夏歌236番)      2013/6/17−2013/7/13

 
和歌番号 和歌
0175 春過ぎて夏来にけらし白たへの衣干すてふ天の香久山
はるすぎて なつきにけらし しろたえの ころもほすちょう あまのかぐやま
春が過ぎて夏が来たようです。天から降りてきたといわれる香久山に羽衣がたなびいています。
0176 惜しめどもとまらぬ春のあるものをいはぬにきたる夏衣かな
おしめども とまらぬはるの あるものを いわぬにきたる なつごろもかな
行かないでと惜しんでも行ってしまう春があれば、来てもらわなくていい夏が勝手にやって来る。嫌々夏の衣装替え。
0177 散りはてて花の蔭なき木の本にたつことやすき夏衣かな
ちりはてて はなのかげなき このもとに たつことやすき なつごろもかな
散ってしまい、花の姿も無くなった木の下に、気をもませないで立つことは容易いですし、ひとえになって裁ちやすい夏衣ですね。
0178 夏衣着て幾日にかなりぬらむ残れる花はけふも散りつつ
なつごろも きていくかにか なりぬらん のこれるはなワ きょうもちりつつ/td>
夏衣を着始めて何日が過ぎたのでしょうか。まだ残っている花は今日も散り続けています。
0179 をりふしも移ればかへつ世の中の人の心の花染めの袖
おりふしも うつればかえつ よのなかの ひとのこころの はなぞめのそで
季節が移ったので替えます、世の中の人の心は、花染めのように色あせやすいですが、その花染めの春の衣から夏の衣へと。
0180 卯の花のむらむら咲ける垣根をば雲間の月の影かとぞ見る
うのはなの むらむらさける かきねをば くもまのつきの かげかとぞみる
卯の花が群がって咲いている垣根を雲の間からもれる月の光と見てしまいます
0181 卯の花の咲きぬる時は白たへの波もて結へる垣根とぞ見る
うのはなの さきぬるときは しろたえの なみもてゆえる かきねとぞみる
垣根に卯の花が咲きほこる時は、白波が波でもって結う垣根のように見てしまいます。
0182 忘れめや葵を草に引き結び仮寝の野辺の露のあけぼの
わすれめや あおいをくさに ひきむすび かりねののべの つゆのあけぼの
忘れることがあるでしょうか忘れないわ。葵を草枕として引っ張って結んで、仮寝をした野辺の露の降りた曙を
0183 いかなればそのかみ山の葵草年は経れども二葉なるらむ
いかなれば そのかみやまの あおいぐさ としワふれども ふたばなるらん
どうして上賀茂神社の背後にある神山の葵は年を経ても二葉のままの若さなの。
0184 野辺はいまだあさかの沼に刈る草のかつ見るままに茂る頃かな
のべワいまだ あさかのぬまに かるくさの かつみるままに しげるころかな
野辺に茂る夏草はまだ浅いけど、その一方で安積の沼で刈る草の花かつみは、見ているうちに茂っている頃なんでしょうね。
0185 桜麻のをふの下草茂れただあかで別れし花の名なれば
さくらをの おうのしたくさ しげれただ あかでわかれし はなのななれば
桜麻という名をもつ麻畑の下草。ただただ茂ってくださいね。飽きて別れたわけじゃない桜の名を持ってるんですから。
0186 花散りし庭の木の葉も茂りあひて天照る月の影ぞまれなる
はなちりし にわのこのはも しげりあいて あまてるつきの かげぞまれなる
花が散った後の庭の木々の葉も大きく茂って、空に照る月の光もたまにしかもれてきません。
0187 かりに来と恨みし人の絶えにしを草葉につけてしのぶ頃かな
かりにきと うらみしひとの たえにしを くさばにつけて しのぶころかな
時間があった時だけやって来た恨めしい人がまったく来なくなってしまったのを、生い茂っている草葉を見るつけ懐かしむこの頃です。
0188 夏草は茂りにけりなたまぼこの道行き人も結ぶばかりに
なつくさワ しげりにけりな たまぼこの みちゆきひとも むすぶばかりに
夏草はよく茂ったなあ。道行く人が道しるべに玉結びが出来るほどにです。
0189 夏草は茂りにけれどほととぎすなどわが宿に一声もせぬ
なつくさワ しげりにけれど ほととぎす などわがやどに ひとこえもせず
夏草はよく茂ったけれど、ほととぎすはどうして我が家に来て一声も鳴かないのでしょう。
0190 鳴く声をえやは忍ばぬほととぎす初卯の花の蔭に隠れて
なくこえを えやばしのばぬ ほととぎす はつうのはなの かげにかくれて
初めて咲いた卯の花の蔭に隠れてほととぎすがどうして我慢出来ようか出来ないなあと鳴きたいのを我慢してます。
0191 ほととぎす声待つほどは片岡の杜の雫に立ちや濡れまし
ほととぎす こえまつほどワ かたおかの もりのしずくに たちやぬれまし
ほととぎすの鳴き声を待つ間は、片岡の木立の下で立っていて木々の雫にぬれるでしょうね。
0192 ほととぎすみ山出づなる初声をいづれの宿の誰か聞くらむ
ほととぎす みやまいづなる はつこえを いづれのやどの だれかきくらん
賀茂のお山を出て鳴いたであろうほととぎすの初声をどこの家の誰が聞いているのでしょうか。
0193 五月山卯の花月夜ほととぎす聞けどもあかずまた鳴かむかも
さつきやま うのはなつきよ ほととぎす きけどもあかず またなかんかも
五月(陰暦の5月)の山に卯の花の満開で白い月夜のように見える中でのほととぎすの声。いくら聞いても飽きないがまた鳴くかな。
0194 おのが妻恋ひつつ鳴くや五月やみ神南備山の山ほととぎすs
おのがつま こいつつなくや さつきやみ かんなびやまの やまほととぎす
甘南備山の山ほととぎすは自分の妻を恋い慕って鳴くんでしょうか五月の闇夜の中で。
0195 ほととぎす一声鳴きていぬる夜はいかでか人のいをやすく寝る
ほととぎす ひとこえなきて いぬるよワ いかでかひとの いをやすくねる
ほととぎすが一声だけ鳴いて去って行った夜はどうやったら人は安らかに寝ていられましょうか。
0196 ほととぎす鳴きつつ出づるあしひきのやまとなでしこ咲きにけらしも
ほととぎす なきつついづる あしびきの やまとなでしこ さきにけらしも
ほととぎすが鳴きながら出てきた山に大和撫子の花が咲いたようです。
0197 二声と鳴きつと聞かばほととぎす衣片敷うたた寝はせむ
ふたこえと なきつときかば ほととぎす ころもかたしき うたたねはせん
ほととぎすが二声鳴いたと聞いたら、衣を敷いて独り寝でうたた寝でもしますよ。
0198 ほととぎすまだうちとけぬ忍び音は来ぬ人を待つわれのみぞ聞く
ほととぎす まだうちとけぬ しのびねワ こぬひとをまつ われのみぞきく
ほととぎすのまだ慣れていない声をひそめて鳴く声は、やって来ない人を待つ私だけが聞いています。
0199 聞きてしもなほぞ寝られぬほととぎす待ちし夜ごろの心ならひに
ききてしも なおぞねられぬ ほととぎす まちしよごろの こころならいに
やっと鳴き声を聞いたのにやっぱり寝られません。幾夜も待ち続けた心の習慣のために。
0200 卯の花の垣根ならねどほととぎす月の桂の蔭に鳴くなり
うのはなの かきねならねど ほととぎす 月のかつらの かげになくなり
卯の花の垣根ではないけれど、ほととぎすが月夜に月の中にあると言われる葵桂の蔭で鳴いています。
0201 昔思ふ草の庵の夜の雨に涙なそへそ山ほととぎす
むかしおもう くさのいおりの よのあめに なみだなどえそ やまほととぎす
草庵で昔を様々に思い起こすわが身に夜降る雨がさらに気を湿らしているのに山ほととぎすよ鳴き声を一緒に添えないでおくれ。
0202 雨そそく花たちばなに風過ぎて山ほととぎす雲に鳴くなり
あめそそぐ はなたちばなに かぜすぎて やまほととぎす くもになくなり
五月雨が降り注いでいる立花の花に風が吹き過ぎて香りを運んでいる時に雲の中で山ほととぎすが鳴いているよ。
0203 聞かでただ寝なましものをほととぎすなかなかなりや夜はの一声
きかでただ ねなましものを ほととぎす なかなかなりや よわのひとこえ
鳴き声を聞かないでただ寝てしまったらよかったのに夜半に一声聞いてしまったばかりに中途半端なんですね、寝付けません。
0204 誰が里もとひもや来るとほととぎす心の限り待ちぞわびにし
たがさとも といもやくると ほととぎす こころのかぎり まちぞわびにし
誰の家にも訪れて来るかとほととぎすを心の限りに待ちましたが待ちくたびれました。
0205 夜を重ね待ちかね山のほととぎす雲居のよそに一声ぞ聞く
よをかさね まちかねやまの ほととぎす くもいのよそに ひとこえぞきく
幾夜も待ちかねた待兼山のほととぎすが雲のかなたで一声鳴いたのを聞きました。
0206 二声と聞かずは出でじほととぎす幾夜明かしの泊りなりとも
ふたこえと きかずワいでじ ほととぎす いくよあかしの とまりなりとも
ほととぎすが二声鳴くのを聞かないうちは舩出しないよ。幾夜明石で留まることになってもね。
0207 ほととぎすなほ一声は思い出よ老曾の杜の夜はの昔を
ほととぎす なおひとこえワ おもいでよ おいそのもりの よわのむかしを
ほととぎす、さらに一声昔を思い出して鳴いておくれ、老曾の杜で夜半に鳴いた昔を。
0208 一声は思ひぞあへぬほととぎすたそかれ時の雲のまよひに
ひとこえワ おもいぞあえぬ ほととぎす たそがれどきの くものまよいに
ほととぎすが一声鳴いただけでは鳴いたと思えません。しかも夕暮れ時の雲のどこかで姿も見えずでは。
0209 有明のつれなく見えし月は出でぬ山ほととぎす待つ夜ながらに
ありあけの つれなくみえし つきワいでぬ やまほととぎす まつよながらに
何事にも素知らぬ振りのつれない有明の月は出たにもかかわらず山ほととぎすは夜ずっと待っていても現れませんでした。
0210 わが心いかにせよとてほととぎす雲間の月の影に鳴くらむ
わがこころ いかにせよとて ほととぎす くもまのつきの かげになくらん
私の心をどうせよと言ってはととぎすは雲間から漏れる月の光の中で鳴いているのでしょう。
0211 ほととぎす鳴きて入るさの山の端は月ゆゑよりも恨めしきかな
ほととぎす なきているさの やまのはワ つきゆえよりも うらめしきかな
ほととぎすが鳴いて入っていく入佐の山の端は月が入って行くよりも恨めしいことです。
0212 有明の月は待たぬに出でぬれどなほ山深きほととぎすかな
ありあけの つきワまたぬに いでぬれど なおやまぶかき ほととぎすかな 
有明の月は待っていたわけでは無いのに出てきたけど、いまだ山の奥深くにいて出てこないほととぎすです。
0213 過ぎにけり信太の杜のほととぎす絶えぬ雫を袖に残して
すぎにけり しのだのもりの ほととぎす たえぬしずくを そでにのこして
鳴きながら飛んで行ってしまったなあ信太の杜のほととぎすは。信太の樟の枝から滴り落ち続ける雫を袖に残して。
0214 いかにせむ来ぬ夜あまたのほととぎす待たじと思へば村雨の空
いかにせん こぬよあまたの ほととぎす またじとおもえば むらさめのそら
どうしよう、ほととぎすがやって来ない夜が何日も続いたので、もう待たないと思うとやって来そうな村雨のふる空模様です。
0215 声はして雲路にむせぶほととぎす涙やそそく宵の村雨
こえワして くもじにむせぶ ほととぎす なみだやそそぐ よいのむらさめ
声はしているが雲の中でむせび泣くほととぎす。その涙が降り注ぐのかな宵の村雨は。
0216 ほととぎすなほうとまれぬ心かななが鳴く里のよその夕暮れ
ほととぎす なおうとまれぬ こころかな ながなくさとの よそのゆうぐれ
ほととぎすよ、やっぱりうとおしく思えない気持ちです。お前が鳴いている里が私の見知らぬ土地の夕暮れ時でも。
0217 聞かずともここをせにせむほととぎす山田の原の杉の群立ち
きかずとも ここをせにせん ほととぎす やまだのはらの すぎのむらだち
聞こえなくても此処を聞く場所にしますよほととぎす。伊勢の外宮の山田の原の杉の群立っている此処を。
0218 ほととぎす深き峰より出でにけり外山の裾に声の落ち来る
ほととぎす ふかきみねより いでにけり とやまのすそに こえのおちくる
ほととぎすが深い山から降りて来たのですね。里に近い山裾に鳴き声が落ちて来ます。
0219 小笹葺く賤のまろ屋の仮の戸をあけ方に鳴くほととぎすかな
おざさふく しづのまろやの かりのとを あけがたになく ほととぎすかな
小笹を刈って敷いた賤山の仮小屋の戸を開けるその明け方に鳴くほととぎすよ。
0220 うちしめりあやめぞかをるほととぎす鳴くや五月の雨の夕暮れ
うちしめり あやめぞかおる ほととぎす なくやさつきの あめのゆうぐれ
とっても潤い、菖蒲の香りがたちこめ、ほととぎすが鳴く、さみだれが降る夕暮れ時。
0221 けふはまたあやめの根さへかけそへて乱れぞまさる袖の白玉
きょうワまた あやめのねさえ かけそえて みだれぞまさる そでのしらたま
端午の節句の今日は、菖蒲の根も付け加えて、いつも涙で濡れてる袖が泣く音も加わってさらに袖に乱れて飛び散ってる涙の白玉。
0222 あかなくに散りにし花のいろいろは残りにけりな君が袂に
あかなくに ちりにしはなの いろいろワ のこりにけりな きみがたもとに
端午の節句の今日、薬玉として、見飽きないのに散ってしまった色とりどりの花は、あなたの着物の袂に残っているのですね。
0223 なべて世のうきに流るるあやめ草けふまでかかる根はいかが見る
なべてよのうきにながるる あやめぐさ きょうまでかかる ねワいががみる
おしなべてこの世の憂さやつらさに、沼地に流れながら今日までかかってる菖蒲の根、このように涙音を流す私をどう見られますか。
0224 何事とあやめは分かでけふもなを袂にあまるねこそ絶えせね
なにごとぞ あやめワわかで きょうもなお たもとにあまる ねこそたえせね
なにごとか分目は分からないが、今日もまた袂からはみ出てしまうくらい長い根なのだから耐えられなく音をあげて泣いてしまいます。
0225 早苗取る山田の懸樋もりにけり引くしめ縄に露ぞこぼるる
さなえとる やまだのかけひ もりにけり ひくしめなわに つゆぞこぼるる
早苗を取る山田の懸樋が漏れていたのだな。田に張ったしめ縄に露がこぼれています。
0226 小山田に引くしめ縄のうちはへて朽ちやしぬらむさみだれの頃
おやまだに ひくしめなわの うちはえて くちやしぬらん さみだれのころ
小山田に引いてある長いしめ縄は、長く引き続いて、どうして朽ち果てたりしましょうか。五月雨が降り続くころ。
0227 いかばかり田子の裳裾もそほつらむ雲間も見えぬ頃のさみだれ
いかばかり たごのもすそも そおつらん くもまもみえぬ ころのさみだれ 
いったいどれくらい早乙女の裳裾もビショビショになるのでしょう。雲間も見えない五月雨の頃は。
0228 三島江の入江の真薦雨降ればいとどしをれて刈る人もなし
みしまえの いりえのまこも あめふれば いとどしおれて かるひともなし
三島江の入り江に生えている真薦は、五月雨が降って、いっそう萎れて誰も刈る人がいません。
0229 真薦刈る淀の沢水深けれど底まで月の影は澄みけり
まこもかる よどのさわみず ふかけれど そこまでつきの かげはすみけり
真薦を刈る淀の沢の水は、五月雨が降って深くなってるけど川の底まで月の光は澄んでいます。
0230 玉柏茂りにけりなさみだれに葉守の神のしめはふるまで
たまかしわ しげりにけりな さみだれに はもりのかみの しめわふるまで
美しい柏は、五月雨が良く降って立派に茂ったなあ。葉守の神が注連縄を張るまでに。
0231 さみだれはおふの河原の真薦草刈らでや波の下に朽ちなむ
さみだれワ おうのかわらの まがもぐさ からでやなみの したにくちなん
五月雨が降りしきる頃生い茂った筑前国の大野河原の真薦草は刈らないまま、水量の増した波の下で朽ち果てるのでしょうか。
0232 たまぼこの道行き人のことつても絶えてほどふるさみだれの空
たまぼこの みちゆきひとの ことつても たえてほどふる さみだれのそら
道行く人がもたらす恋人からの伝言も絶えてしまい月日が過ぎていつまでも降っている五月雨の空。
0233 さみだれの雲の絶え間をながめつつ窓より西に月を待つかな
さみだれの くものたえまを ながめつつ まどよりにしに つきをまつかな
五月雨を降らす雲の間を眺めながら窓から西にかたむいて出てくる月を待ちます。
0234 あふち咲くそともの木蔭露おちてさみだれ晴るる風渡るなり
おおちさく そとものこかげ つゆおちて さみだれはるる かぜわたるなり
栴檀が咲く家の外の木蔭に露が落ちて、五月雨が晴れるらしく、風が吹き過ぎていきます。
0235 さみだれの月はつれなきみ山よりひとりも出づるほととぎすかな
さみだれの つきワつれなき みやまより ひとりもいづる ほととぎすかな
五月雨の頃の月は情け知らずで深山から出てこないけど、その山から一人出てきて鳴くほととぎすです。
0236 ほととぎす雲居のよそに過ぎぬなり晴れぬ思ひのさみだれの頃
ほととぎす くもいのよそに すぎぬなり はれぬおもいの さみだれのころ
ほととぎすは雲のむこうに飛んで行ったようです。五月雨の頃はうっとおしい気分が続きますね。
0237 さみだれの雲間の月の晴れゆくをしばし待ちけるほととぎすかな
さみだれの くもまのつきの はれゆくを しばしまちける ほととぎすかな
五月雨の雲の間から出た月が晴れていくのをしばらく待っていたほととぎすでした。
0238 誰かまた花たちばなに思い出でむわれも昔の人となりなば
だれかまた はなたちばなに おもいいでん われもむかしの ひととなりなば
誰が花橘の香りを嗅いで私を思い出してくれるでしょう。私も昔の人になってしまったら。
0239 行く末を誰しのべと夕風に契りかおかむ宿のたちばな
ゆくすえを だれしのべと ゆうかぜに ちぎりかおかん やどのたちばな
家の庭の橘の香によって、私の亡き後、誰に偲んでもらおうか、香を運ぶ夕風に約束しておきましょうか。
0240 帰り来ぬ昔を今と思い寝の夢の枕ににほふたちばな
かえりこぬ むかしをいまと おもいねの ゆめのまくらに におうたちばな
過ぎ去った帰ってくることのない昔を今にと思いながら見た昔の夢から覚めたら枕元に橘のかおりがただよってます。
0241 たちばなの花散る軒のしのぶ草昔をかけて露ぞこぼるる
たちばなの はなちるのきの しのぶぐさ むかしをかけて つゆぞこぼるる
橘の花が散る軒に生えてる忍草から昔を思い出して涙するかのように露が滴り落ちている。
0242 五月闇みじかき夜はのうたた寝に花たちばなの袖に涼しき
さつきやみ みじかきよわの うたたねに はなたちばなの そでにすずしき
五月雨の頃の闇夜は短く、うたた寝状態の私の袖に橘の花の香りが涼しく漂っています。
0243 尋ぬべき人は軒端の古里にそれかとかをる庭のたちばな
たずぬべき ひとワのきばの ふるさとに それかとかおる にわのたちばな
尋ねていった人は既に退いてしまい、古里の軒端にその人かと思わせる香りがする庭の橘の香りです。
0244 ほととぎす花たちばなの香をとめて鳴くは昔の人や恋しき
ほととぎす はなたちばなの かをとめて なくワむかしの ひとやこいしき
ほととぎすが花橘の香を求めて鳴くのは、昔の懐かしい人を恋しく思ってでしょうか。
0245 たちばなのにほふあたりのうたた寝は夢も昔の袖の香ぞする
たちばなの におうあたりの うたたねワ ゆめもむかしの そでのかぞする
橘が香るあたりでうたた寝をしていると、夢の中まで昔の懐かしい人が現れてその人の袖の香りがしています。
0246 今年より花咲きそむるたちばなのいかで昔の香ににほふらむ
ことしより はなさきそむる たちばなの いかでむかしの かににおうらん
今年から咲き始める橘の花の香りがどうして昔の人の袖の香りに匂うのでしょうね。
0247 夕暮れはいづれの雲のなごりとて花たちばなに風の吹くらむ
ゆうぐれワ いずれのくもの なごりとて はなたちばなに かぜのふくらん
夕暮れ時にどの雲に吹いた風が名残として花橘に吹いて昔のどの人を思い起こさせるのでしょう。
0248 ほととぎす五月六月分きかねてやすらふ声ぞ空に聞こゆる
ほととぎす さつきみなづき わきかねて やすらうこえぞ そらにきこゆる
ほととぎすが5月なら一番鳴く月だし6月なら山に帰る月だけど、今、何月か分からなくて躊躇して鳴いている声が空から聞こえます。
0249 庭の面は月もらぬまでなりにけり梢に夏の蔭茂りつつ
にわのもワ つきもらぬまで なりにけり こずえになつの かげしげりつつ
庭の面に月の光が漏れてこないまでになりました。夏になって梢が生い茂り影を作ってます。
0250 わが宿のそともに立てる楢の葉の茂みに涼む夏は来にけり
わがやどの そともにたてる ならのはの しげみにすずむ なつワきにけり
夏がやって来ました。家の外に立ってる楢の木の大きな葉の蔭で涼んだりする夏が。
0251 鵜飼舟あはれとぞ思ふもののふの八十宇治川の夕闇の空
うかいぶね あわれとぞおもう もののふの やそうじがわの ゆうやみのそら
鵜飼舟をあわれと思ってます。宇治川の月の出ない空に篝火だけが赤赤と燃えて。
0252 鵜飼舟高瀬さしこすほどなれやむすぼほれゆくかがり火の影
うかいぶね たかせさしこす ほどなれや むすぼおれゆく かがりびのかげ
鵜飼舟が浅瀬を棹をさして越そうとしているからでしょうか、ユラユラもつれてゆく篝火の形です。
0253 大井川かがりさしゆく鵜飼舟幾瀬に夏の夜を明かすらむ
大井川かがりさしゆく うかいぶね いくせになつの よをあかすらん
大井川を篝火を焚いて棹さしてゆく鵜飼舟は夜の短い夏の夜を明かしていくつの瀬を越えられるのでしょう。
0254 久方の中なる川の鵜飼舟いかに契りて闇を待つらむ
ひさかたの なかなるかわの うかいぶね いかにちぎりて やみをまつらん
中国伝承による月の中に桂の木があるという桂川の鵜飼舟はどのように前世に約束をして闇の来世を待つのでしょうか。
0255 いさり火の昔の光ほの見えて蘆屋の里に飛ぶ蛍かな
いさりびの むかしのひかり ほのみえて あしやのさとに とぶほたるかな
昔のままの漁火がほのかに見えて、蘆屋の里に飛ぶ同じような光を放つ蛍です。
0256 窓近き竹の葉すさぶ風の音にいとどみじかきうたた寝の夢
まどちかき たけのはすさぶ かぜのおとに いとどみじかき うたたねのゆめ
窓近くに植えてある竹の葉に戯れるように吹く風の音のためにますます短くなってしまったうたた寝の夢です。
0257 窓近きいささ群竹風吹けば秋におどろく夏の夜の夢
まどちかき いささむれたけ かぜふけば あきにおどろく なつのよのゆめ
窓近くに少しばかり群がり生えている竹に、涼しい風が吹いたので秋がもう来たのかなと驚いた夏の夜の夢です。
0258 むすぶ手に影乱れゆく山の井のあかでも月のかたぶきにける
むすぶてに かげみだれゆく やまのいの あかでもつきの かたぶきにける
山中の泉を手ですくった水の中に月の光が乱れて行く、その水を飲んでも飽きないように見ていても飽きない月が西に傾いてしまった。
0259 清見潟月はつれなき天の戸を待たでもしらむ波の上かな
きよみがた つきワつれなき あまのとを またでもしらむ なみのうえかな
清見潟に有明の月は夜が明けかけたことなど知らん顔で照っていて、天の戸がまだ開いてないのに待たずに白んでくる波の上です。
0260 重ねても涼しかりけり夏衣うすき袂に宿る月影
かさねても すずしかりけり なつごろも うすきたもとに やどるつきかげ 
重ね着をしても涼しいです、夏衣のうすい袂に月の光が泊まってます。。
0261 涼しさは秋やかへりて初瀬川古川のへの杉の下蔭
すずしさワ あきやかえりて はつせがわ ふるかわのへの すぎのしたかげ
この涼しさはかえって秋が恥じ入るほどだ。初瀬川と布留川の出会いの川辺の杉の木の下の蔭にて。
0262 道の辺に清水流るる柳蔭しばしとてこそ立ちとまりつれ
みちのべに しみずながるる やなぎかげ しばしとてこそ たちとまりつれ
道のほとりに清水が流れてます。そこに生えてる柳の影でちょっとだけ立ち止まって休息しようとしたが、長居してしまったなあ。
0263 よられつる野もせの草のかげろひて涼しく曇る夕立の空
よられつる のもせのくさの かげろひて すずしくくもる ゆうだちのそら
枯れてしわしわの野外の草一面に陰ってきて涼しくなり夕立が降りそうな雲行きです。
0264 おのづから涼しくもあるか夏衣ひもゆふぐれの雨のなごりに
おのづから すずしくもあるか なつごろも ひもゆうぐれの あめのなごりに
おのずと涼しくなったか。夏衣の紐を結う、日も夕暮れになった時の夕立のお陰で。
0265 露すがる庭の玉笹うちなびきひとむら過ぎぬ夕立の雲
つゆすがる にわのたまざさ うちなびき ひとむらすぎぬ ゆうだちのくも
雨の露がすがりついている庭の玉笹が、風にしなやかになびき伏し、夕立の雲の一団が過ぎて行った。
0266 とをちには夕立すらし久方の天の香久山雲隠れゆく
とおちには ゆうだちすらし ひさかたの あまのかぐやま くもかくれゆく
十市では夕立が降っているようです。天の香久山がどんどん雲に隠れていきます。
0267 庭の面はまだかわかぬに夕立ちの空さりげなく澄める月かな
にわのおもワ まだかわかぬに ゆうだちの そらさりげなく すめるつきかな
庭の面はまだ乾いていないのに夕立が降った空に何もなかったかのように澄んだ月が出ています。
0268 夕立の雲もとまらぬ夏の日のかたぶく山にひぐらしの声
ゆうだちの くももとまらぬ なつのひに かたぶくやまに ひぐらしのこえ
夕立を降らせる雲も留まってない夏の日に、日が西に傾きかけている山からひぐらしの声が聞こえます。
0269 夕づく日さすや庵の柴の戸にさびしくもあるかひくらしの声
ゆうづくひ さすやいおりの しばのとに さびしくもあるか ひぐらしのこえ
夕日がさし、閉める庵の柴の戸に、寂しいなあ、ひぐらしの声が聞こえます。
0270 秋近きけしきの杜に鳴く蝉の涙の露や下葉染むらむ
あきちかき けしきのもりに なくせみの なみだのつゆや したばそむらん
もうすぐ秋がやって来るという雰囲気が漂う杜の中で、鳴く蝉の涙の露が、枝の下の方にある葉を紅く染めるのでしょうか。
0271 鳴く蝉の声も涼しき夕暮れに秋をかけたる杜の下露
なくせみの こえもすずしき ゆうぐれに あきをかけたる もりのしたつゆ
蝉の鳴く声が涼しく感じる夏の夕暮れ時に、もう秋が来ていると感じる杜の木からしたたり落ちる露。
0272 いづちとか夜は蛍ののぼるらむ行く方知らぬ草の枕に
いづちとか よるワほたるの のぼるらん ゆくかたしらぬ くさのまくらに
何処へ行きたいのでしょう、夜に蛍は舞い登って飛んで行くのは。行きたい場所もわからず、旅寝に草を枕にして。
0273 蛍飛ぶ野沢に茂る蘆の根のよなよな下に通ふ秋風
ほたるとぶ のざわにしげる あしのねの よなよなしたに かようあきかぜ
蛍が飛ぶ、野中の沢に茂る蘆、その蘆の根の下に毎夜訪れる心細げな秋風。
0274 楸生ふる片山蔭に忍びつつ吹きけるものを秋の夕風
ひさぎおうる かたやまかげに しのびつつ ふきけるものを あきのゆうかぜ
涼を求めてやって来た楸が生えている片山の蔭にそっと誰にも分からないように吹いていたんだよ、夕方の秋を感じる風。
0275 白露の玉もて結へるませのうちに光さへ添ふ常夏の花
しらつゆの たまもてゆえる ませのうちに ひかりさえそう とこなつのはな
白露の玉で結った竹などで作った背の低い垣根の内に、その玉の輝く光さえ加わって咲いている美しい常夏の花
0276 白露のなさけ置きける言の葉やほのぼの見えし夕顔の花
しらつゆの なさけおきける ことのはや ほのぼのみえし ゆうがおのはな
白露が愛情ある言葉を掛けたので、夕顔はほんのりと白く美しい花を咲かせたのか。
0277 たそかれの軒端の荻にともすればほに出でぬ秋ぞ下に言問ふ
たそがれの のきばのおぎに ともすれば ほにいでぬあきぞ したにこととう
たそがれ時の軒端の荻にどうかするとまだ表立って秋とは言えない風が通ってきます。。
0278 雲まよふ夕べに秋をこめながら風もほに出でぬ荻の上かな
くもまよう ゆうべにあきを こめながら かぜもほにいでぬ おぎのうえかな
雲があちらにこちらに漂う夕方の空に秋を漂わせながら、風もまだ表立って秋と感じさせないで、まだ穂の出ない荻の上を吹いてます。
0279 山里の峰の雨雲とだえしてゆふべ涼しき真木の下露
やまざとの みねのあまぐも とだえして ゆうべのすずしき まきのしたつゆ
山里近くの峰にかかっていた雨雲も途切れて、雨上がりの涼しげな夕方、真木の木々の葉からしたたり落ちる雨の雫。
0280 岩井汲むあたりの小笹玉こえてかつがつ結ぶ秋の夕露
いわいくむ あたりのこざさ たまこえて かつがつむすぶ あきのゆうつゆ
岩で囲った泉の水を汲むその辺りに生えてる小笹に露が飛び散り、葉の上をころがり早々に形を作る、早くも秋を思わせる夕露
0281 片枝さすをふの浦梨初秋になりもならずも風ぞ身にしむ
かたえさす おふのうらなし はつあきに なりもならずも かぜぞみにしむ
片方へ枝を伸ばす伊勢の浦の梨は、初秋に実がなるのかならぬのか、そのように初秋になってもならなくても風が冷たく身に沁みます。
0282 夏衣かたへ涼しくなりぬなり夜やふけぬらむ行合ひの空
なつごろも かたえすずしく なりぬなり よるやふけらん ゆきあいのそら
夏衣ではもう片側が涼しくなってきたなあ。昔から夏と秋がすれ違うと言われる空では、夜が更けて夏と秋がすれ違っているのかな。
0283 夏はつる扇と秋の白露といづれかまづはおかむとすらむ
なつはつる おおぎとあきの しらつゆと いずれかまずワ おかんとすらん
夏も果てて、捨て置かれる扇と秋の白露が降りるのと、どちらが先におかれるのでしょう。
0284 禊する川の瀬見れば唐衣日もゆふぐれに波ぞたちける
みそぎする かわのせみれば からごろも ひもゆうぐれに なみぞたちける
6月末、夏越しの祓いをする川を見ると、禊を終えた人々が衣の紐を結っていて、日も夕暮れになり波が立ち始めました。


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