| 和歌番号 |
和歌 |
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| 1234 |
宵々に君をあはれと思ひつつ人にはいはで音をのみぞ泣く |
| よいよいに きみをあわれと おもいつつ ひとにワいわで ねをのみぞなく |
| 夜ごとにあなたのことを愛しいと思いながら、誰にも言わないでただ声を上げて泣いてます。 |
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| 1235 |
君だにも思ひ出でける宵々を待つはいかなる心ちかはする |
| きみだにも おもいいでける よいよいを まつワいかなる ここちかワする |
| そんなあなたでも思い出してくださる夜ごとに、私がどんな気持ちで待っているかお分かりですか。 |
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| 1236 |
恋しさに死ぬる命を思ひ出でて問ふ人あらばなしと答へよ |
| こいしさに しぬるいのちを おもいいでて とうひとあらば なしとこたえよ |
| 恋しさに耐えかねて死ぬ私のことを思い出して尋ねる人がいたなら、もうこの世にはいないと答えてください。 |
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| 1237 |
別れてはきのふけふこそ隔てつれ千代しも経たる心ちのみする |
| わかれてワ きのうきょうこそ へだてつれ ちよしもへたる ここちのみする |
| 別れてから昨日、今日と二日過ぎただけなのに、もう千年も過ぎてしまったような気がしてます。 |
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| 1238 |
きのふともけふとも知らず今はとて別れしほどの心まどひに |
| きのうとも きょうともしらず いまワとて わかれしほどの こころまどいに |
| 昨日とも今日のこととも分かりません。「もう別れましょう。」と、言われた時のまま、心が思い惑っていますので。 |
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| 1239 |
絶えぬるか影だに見えば問ふべきに形見の水は水草ゐにけり |
| たえぬるか かげだにみえば とうべきに かたみのみずワ みずくさいにけり |
| 訪れは絶えてしまったのかな。お姿が映し出されるなら問うてみたいものですが、調髪のためのコメのとぎ汁を入れる器には水草が生えて影も見えません。 |
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| 1240 |
方々に引き分かれつつあやめ草あらぬねをやは掛けむと思ひし |
| かたがたに ひきわかれつつ あやめぐさ あらぬねをやワ かけんとおもいし |
| それぞれに分かれて暮らすことになり、、端午の節句に左右の別れて引く菖蒲の根ではなくて泣く音を袖にかけることになるとは思ってみたでしょうか。 |
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| 1241 |
言の葉のうつろふだにもあるものをいとど時雨のふりまさるらむ |
| ことのはの うつろうだにも あるものを いとどしぐれの ふりまさるらん |
| 秋に木の葉が色変わるようにあなたの心が変わるが辛いのに、追い打ちをかけるように時雨が降って散らしていきます。私はただ泣き崩れるだけです。 |
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| 1242 |
吹く風につけても問はむささがきの通ひし道は空に絶ゆとも |
| ふくかぜに つけてもとわん ささがきの かよいしみちワ そらにたゆとも |
| 吹く風に言付けてもお聞きしたいです。蜘蛛を見るとあの人が訪れるはずですが、来る道がその風に吹き飛ばされて途切れてしまうとも。 |
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| 1243 |
葛の葉にあらぬわが身も秋風に吹くにつけつつ恨みつるかな |
| くずのはに あらぬわがみも あきかぜに ふくにつけつつ うらみつるかな |
| 葛の葉ではない私の身ですが、秋風が吹くにつけて私に飽きたあなたを恨めしく思います。 |
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| 1244 |
霜さやぐ野辺の草葉にあらねどもなどか人目のかれまさるらむ |
| しもさやぐ のべのくさばに あらねども などかひとめの かれまさるらん |
| 霜が置いて、ザワザワと音がする野辺の草場ではないですが、どうしてあなたの訪れがサラサラと途絶えようとしているのでしょう。 |
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| 1245 |
浅茅生ふる野辺や枯るらむ山がつの垣ほの草は色も変らず |
| あさじおうる のべやかるらん やまがつの かきほのくさワ いろもかわらず |
| 浅茅が生える野辺の草は刈れているでしょうが、山に住む私の家の垣根の草は青々としています。 |
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| 1246 |
霞むらむほどをも知らずしぐれつつ過ぎにし秋のもみぢをぞ見る |
| かすむらん ほどをもしらず しぐれつつ すぎにしあきの もみじをぞみる |
| 春霞の時期になっていることも気が付かず、涙しながら過ごして、時雨が続く去年の秋の紅葉を見ています。 |
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| 1247 |
今来むと頼めつつ経る言の葉ぞときはに見ゆるもみぢなりける |
| いまこんと たのめつつへる ことのはぞ ときはにみゆる もみじなりける |
| 「すぐに行きます」と当てにさせながら、時が過ぎてしまったあなたの言葉の葉は、色の変わらない紅葉なんですね。 |
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| 1248 |
たまぼこの道は遥かにあらねどもうたて雲居にまどふ頃かな |
| たまぼこの みちワはるかに あらねども うたてくもいに まどうころかな |
| あなたとの間の路は、遠く離れているわけではないのに、困ったことに空に迷うように宮中で惑う心持ちですよ。 |
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| 1249 |
思ひやる心は空にあるものをなどか雲居に逢ひ見ざらむ |
| おもいやる こころワそらに あるものを などかくもいに あいみざらん |
| お慕いする心は上の空になっていますのに、どうして雲居の宮中でお会いできないのでしょうか。 |
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| 1250 |
春雨の降りしく頃か青柳のいとど乱れて人ぞ恋しき |
| はるさめの ふりしくころか あおやぎの いとどみだれて ひとぞこいしき |
| 春雨がよく降る時期ですねぇ。青柳の糸がたいそう乱れるように人が恋しいです。 |
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| 1251 |
青柳のいと乱れたるこの頃は一筋にしも思ひよられじ |
| あおやぎの いとみだれたる このごろワ ひとすじにしも おもいよられじ |
| 青柳の糸がたいそう乱れるこの時期は、私ひとすじだけに思ってるわけではないでしょ。 |
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| 1252 |
青柳の糸はかたがたなびくとも思ひそめてむ色は変わらじ |
| あおやぎの いとワかたがた なびくとも おもいそめてん いろワかわらじ |
| 青柳の糸はあちこちになびいたとしても色は変わらないように、初めて逢ったあなたのことは変わらず思っています。 |
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| 1253 |
浅緑深くもあらぬ青柳は色変わらじといかが頼まむ |
| あさみどり ふかくもあらぬ あおやぎワ いろかわらじと いかがたのまん |
| 浅緑色の色深くない青柳は色は変わらないと言えども、心の浅さを思ってとても頼りにはできません。 |
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| 1254 |
いにしへのあふひと人は咎むともなほそのかみのけふぞ忘れぬ |
| いにしえの 葵と人ワ とがむとも なおそのかみの きょうぞわすれぬ |
| 逢っていたのは昔のことではないかと人はとがめるかもしてませんが、それでもあのころの今日である葵祭りの日を忘れられません。 |
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| 1255 |
枯れにけるあふひのみこそかなしけれあはれと見ずや賀茂の瑞垣 |
| かれにける あうひのみこそ かなしけれ あわれとみずや かものみずかき |
| 枯れてしまった葵のような、訪れの無くなった私の身が悲しいことです。哀れと思いませんか賀茂の瑞垣よ。 |
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| 1256 |
逢ふことをはつかに見えし月影のおぼろにけにやはあはれとは思ふ |
| おおことを はつかにみえし つきかげの おぼろにけにや あわれとワおもう |
| あなたに逢うことは、あるかないかのように僅かでしたが、二十日の月のような月明かりのおぼろげさで逢っていたのではありませんよ。 |
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| 1257 |
更科や姨捨山の有明のつきずもものを思ふ頃かな |
| さらしなや おばすてやまの ありあけの つきずもものを おもうころかな |
| 更級の姥捨山の有明の月、尽きることなく恋の物思ひをする今日この頃です。 |
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| 1258 |
いつとてもあはれと思ふを寝ぬる夜の月はおぼろけなくなくぞ見し |
| いつとても あわれとおもうを ねぬるよの つきワおぼろけ なくなくぞみし |
| いつでも月は趣のあるものと思いますが、あなたと共に過ごした夜の月は格別であり、涙しながら見ました。 |
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| 1259 |
更科の山よりほかに照る月もなぐさめかねつこの頃の空 |
| さらしなの やまよりほかに てるつきも なぐさめかねつ このごろのそら |
| この頃の季節の空に、更級の姨捨山以外のどこの山からでも出る月は私の心を慰められないよ。 |
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| 1260 |
天の戸をおし明け方の月見れば憂き人しもぞ恋しかりける |
| あまのとを おしあけがたの つきみれば うきひとしもぞ こいしかりける |
| 天の戸を押し開け夜が明ける。その明け方の月を見ればつれない人にさえ返って恋しく思います。 |
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| 1261 |
ほの見えし月を恋しと帰るさの雲路の波に濡れて来しかな |
| ほのみえし つきをこいしと かえるさの くもじのなみに ぬれてこしかな |
| ほのかに見えたあなたを恋しいと思いながら帰る途中は、空の雲の波のように涙に濡れて帰ってきましたよ。 |
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| 1262 |
入る方はさやかなりける月影を上の空にも待ちし宵かな |
| いるかたワ さやかなりける つきかげを うわのそらにも まちしよいかな |
| 入る方向は分かっているのに、あなたが訪れる人を知っているのに、心落ち着かず虚しいにもかかわらず月の出を待っていた宵でした。 |
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| 1263 |
さしてゆく山の端もみなかき曇り心の空に消えし月影 |
| さしてゆく やまのはもみな かきくもり こころのそらに きえしつきかげ |
| 月が目指していく山の端、あなたの処は一面かき曇り、ご機嫌が悪いようなので、行こうと思う心もそぞろになった私です。 |
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| 1264 |
今はとて別れしほどの月をだに涙にくれてながめやはせし |
| いまワとて わかれしほどの つきをだに なみだにくれて ながめやワせし |
| 「もう帰る時間だ」と言って、あなたと別れたその時の月でさえ涙があふれて、眺めることは出来ませんでした。 |
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| 1265 |
面影の忘れぬ人によそへつつ入るをぞ慕ふ秋の夜の月 |
| おもかげの わすれぬひとに よそえつつ いるをぞしたう あきのよのつき |
| 面影を忘れられないあの人になぞらえながら入っていくのを慕う秋の夜の月です。 |
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| 1266 |
憂き人の月は何ぞのゆかりぞと思ひながらもうちながめつつ |
| うきひとの つきワなにぞの ゆかりぞと おもいながらも うちながめつつ |
| つれない人とあの月とどんなゆかりがあるのかと思いながらもついじっと眺めてしまってます。 |
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| 1267 |
月のみや上の空なる形見にて思ひも出でば心通はむ |
| つきのみや うわのそらなる かたみにて おもいもいでば こころかよわん |
| 空にある月だけが気もそぞろな形見なので、あなたがそれを見て思い出してくれたらお互いに心は通ふでしょう。 |
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| 1268 |
くまもなき折しも人を思ひ出でて心と月をやつしつるかな |
| くまもなき おりしもひとを おもいいでて こころとつきを やつしつるかな |
| 曇りなく月が照っている折りしときに、あの人を涙しながら思い出して心と月をみすぼらしくしてしまった。 |
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| 1269 |
物思ひてながむる頃の月の色にいかばかりなるあはれそむらむ |
| ものおもいて ながむるころの つきのいろに いかばかりなる あわれそむらん |
| 物思ひしながら眺めるこの頃の月の色に、どんなに哀れさが染まっているのだろう。 |
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| 1270 |
曇れかしながむるからにかなしきは月に覚ゆる人の面影 |
| くもれかし ながむるからに かなしきワ つきにおぼゆる ひとのおもかげ |
| 曇って下さい。眺めていると悲しくなるのは、月のせいで思い出されるあの人の面影なので。 |
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| 1271 |
忘らるる身を知る袖の村雨につれなく山の月は出でけり |
| わすらるる みをしるそでの むらさめに つれなくやまの つきワいでけり |
| 忘れられる私を分かっている袖に思い出しては流れる涙なのに、素知らぬように山の端から月が出てきました。 |
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| 1272 |
巡り逢はむ限りはいつと知らねども月な隔てそよその浮雲 |
| めぐりあわん かぎりはいつと しらねども つきなへだてそ よそのうきぐも |
| またお逢いできるのがいつかは分かりませんが、月を隔てないでね、関りのない浮雲よ。 |
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| 1273 |
わが涙もとめて袖に宿れ月さりとて人の影は見ねども |
| わがなみだ もとめてそでに やどれつき さりとてひとの かげワみえねども |
| 私の涙を探して袖に宿ってくださいお月さま。そうなってもあの人の姿が見えるわけではないけれど。 |
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| 1274 |
恋ひわぶる涙や空に曇るらむ光も変る閨の月影 |
| こいわぶる なみだやそらに くもるらん ひかりもかわる ねやのつきかげ |
| 思い慕って寂しく暮らす涙のために空が曇っているのだろうか。閨に差しいる月の光も変わって見えます。 |
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| 1275 |
いくめぐり空ゆく月も隔てきぬ契りし中はよその浮雲 |
| いくめぐり そらゆくつきも へだてきぬ ちぎりしなかワ よそのうきぐも |
| 今までなんども空を巡って行く月を隔てたでしょう。そしてまた親しい間柄のあの人をも疎遠にしてしまう浮雲よ。 |
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| 1276 |
今来むと契りしことは夢ながら見し夜に似たる有明の月 |
| いまこんと ちぎりしことワ ゆめながら みしよににたる ありあけのつき |
| 「すぐにあなたに会いに行きますよ」と言ってくれたことは、夢のようにかなわなかったけれど、あなたに逢った夢のような夜に見た月と同じような有明の月を見ています。 |
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| 1277 |
忘れじといひしばかりのなごりとてその夜の月はめぐり来にけり |
| わすれじと いいしばかりの なごりとて そのよのつきワ めぐりきにけり |
| 「あなたのことは忘れませんよ」と言っただけになってしまったその言葉が忘れられなくて、逢ったその夜の月がまた巡ってきました。 |
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| 1278 |
思ひ出でてよなよな月に尋ねずは待てど契りし中や絶えなむ |
| おもいいでて よなよなつきに たずねずワ まてどちぎりし なかやたえなん |
| あの人のことを思い出して夜ごとに月に尋ねなかったら、「待っていてね」と約束した私たちのことが絶えてしまうのでしょうか。 |
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| 1279 |
忘るなよ今は心の変るとも馴れしその夜の有明の月 |
| わするなよ いまワこころの かわるとも なれしそのよの ありあけのつき |
| 忘れないでくださいね。今はもう心変わりしていても、私たちが一緒に過ごした夜に出ていた有明の月を。 |
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| 1280 |
そのままに松のあらしも変わらぬを忘れやしぬる更けし夜の月 |
| そのままに まつのあらしも かわらぬを わすれやしぬる ふけしよのつき |
| あの時以来ずっと待っている私に聞こえてくる松風の音も変わらないのに、忘れてしまわれたのでしょうか。すっかり更けてしまった夜にでた月。 |
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| 1281 |
人ぞ憂き頼めぬ月はめぐり来て昔忘れぬ蓬生の宿 |
| ひとぞうき たのめぬつきワ めぐりきて むかしわすれぬ よもぎゅうのやど |
| あの人のことを思うと苦しい。巡ってくると頼んだわけではないけれど、巡ってきた月は、昔に逢ったあの人が忘れられずに蓬が生い茂った家の庭を照らしてます。 |
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| 1282 |
わくらばに待ちつる宵も更けにけりさやは契りし山の端の月 |
| わくらばに まちつるよいも ふけにけり さやワちぎりし やまのはのつき |
| あの人が思いかけずに来ると約束したので待っている宵もすっかり更けてしまった。山の端に有明の月が出ているがそんな時刻まで待っていると約束しただろうか。 |
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| 1283 |
来ぬ人を待つとはなくて待つ宵の更けゆく空の月も恨めし |
| こぬひとを まつとワなくて まつよいの ふけゆくそらの つきもうらめし |
| やって来ない人を待っているわけではないが、やはり待つ宵の更けていく空に出た月もうらめしいことだ。 |
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| 1284 |
松山と契りし人はつれなくて袖越す波に残る月影 |
| まつやまと ちぎりしひとワ つれなくて そでこすなみに のこるつきかげ |
| 末の松山波越さずと言われるように決して心変わりはしないと言った人が音沙汰もなく、涙が波のように私の袖を越して、そこにあの夜と同じ月の光が宿っています。 |
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| 1285 |
ならひこしたが偽りもまだ知らで待つとせしまの庭の蓬生 |
| ならいこし たがいつわりも まだしらで まつとせしまの にわのよもぎゅう |
| 当たり前になってきた誰もが言う偽りも私はまだ知らなくて、あの人を待っている間に庭に蓬などが生い茂り荒れてしまった。 |
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| 1286 |
跡絶えて浅茅が末になりにけり頼めし宿の庭の白露 |
| あとたえて あさじがすえに なりにけり たのめしやどの にわのしらつゆ |
| 人が通った跡も絶えて、浅茅の生い茂る野末になってしまった。あの人が訪れると約束した私の庭には涙のごとく白露が置いている。 |
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| 1287 |
来ぬ人を思ひたえたる庭の面の蓬が末ぞ松にまされる |
| こぬひとを おもいたえたる にわのおもの よもぎかすえぞ まつにまされる |
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| 1288 |
尋ねても袖に掛くべき方ぞなき深き蓬の露のかことを |
| たずねても そでにかくべき かたぞなき ふかきよもぎの つゆのかことを |
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| 1289 |
形見とてほの踏み分けし跡もなし来しとは昔の庭の荻原 |
| かたみとて ほのふみわけし あともなし こしとはむかしの にわのおぎはら |
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| 1290 |
なごりをば庭の浅茅に留めおきて誰ゆゑ君が住みうかれけむ |
| なごりをば にわのあさじに とどめおきて たれゆえきみが すみうかれけん |
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| 1291 |
忘れずは馴れし袖もやこほるらむ寝ぬ夜の床の霜のさむしろ |
| わすれずば なれにしそでもや こおるらん ねぬよのとこの しものさむしろ |
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| 1292 |
風吹かば峰に別れむ雲をだにありしなごりの形見とも見よ |
| かぜふかば みねにわかれん くもをだに ありしなごりの かたみともみよ |
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| 1293 |
いはざりき今来むまでの空の雲月日へだてて物思へとは |
| いわざりき いまこんまでの そらのくも つきひへだてて ものおもえとわ |
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| 1294 |
思い出でよたがかねことの末ならむきのふの雲のあとの山風 |
| おもいいでよ たがかねことの すえならん きのうのくもの あとのやまかぜ |
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| 1295 |
忘れゆく人ゆゑ空をながむればたえだえにこそ雲も見えけれ |
| わすれゆく ひとゆえそらを ながむれば たえだえにこそ くももみえけれ |
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| 1296 |
忘れなば生けらむものかと思ひしにそれもかなはぬこの世なりけり |
| わすれなば いけらんものかと おもいしに それもかなわぬ このよなりけり |
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| 1297 |
うとくなる人を何とて恨むらむ知られず知らぬ折もありしに |
| うとくなる ひとをなにとて にくむらん しられずしらぬ おりもありしに |
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| 1298 |
今ぞ知る思ひ出でよと契りしは忘れむとてのなさけなりけり |
| いまぞしる おもいいでよと ちぎりしは わすれんとての なさけなりけり |
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| 1299 |
逢ひ見しは昔語りのうつつにてそのかねことを夢になせやと |
| あいみしワ むかしがたりの うつつにて そのかねことを ゆめになせやと |
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| 1300 |
あはれなる心の闇のゆかりとも見し夜の夢を誰か定めむ |
| あわれなる こころのやみの ゆかりとも みしよのゆめを だれかさだめん |
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| 1301 |
契りきや飽かぬ別れに露おきし暁ばかり形見なれとは |
| ちぎりきや あかぬわかれに つゆおきし あかつきばかり かたみなれとわ |
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| 1302 |
恨みわび待たじ今はの身なれども思ひなれにし夕暮れの空 |
| うらみわび またじいまわの みなれども おもいなれにし ゆうぐれのそら |
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| 1303 |
忘れじの言の葉いかになりにけむ頼めし暮れは秋風ぞ吹く |
| わすれじの ことのはいかに なりにけん たのめしくれワ あきかぜぞふく |
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| 1304 |
思ひかねうち寝る宵もありなまし吹きだにすさべ庭の松風 |
| おもいかね うちぬるよいも ありなまし ふきだにすさべ にわのまつかぜ |
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| 1305 |
さらでだに恨みむと思ふわぎもこが衣の裾に秋風ぞ吹く |
| さらでだに うらみんとおもう わぎもごが ころものすそに あきかぜぞふく |
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| 1306 |
心にはいつも空きなる寝覚めかな身にしむ風の幾夜ともなく |
| こころにワ いつもあきなる ねざめかな みにしむかぜの いくよともなく |
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| 1307 |
あはれとて問ふ人のなどなかるらむ物思ふ宿の荻の上風 |
| あわれとて とうひとのなど なかるらん ものおもうやどの おぎのうわかぜ |
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| 1308 |
わが恋は今を限りとゆふまぐれ荻吹く風のおとづれてゆく |
| わがこいワ いまをかぎりと ゆうまぐれ おぎふくかぜの おとずれてゆく |
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| 1309 |
今はただ心のほかに聞くものを知らずがほなる荻の上風 |
| いまワただ こころのほかに きくものを しらずがおなる おぎのうわかぜ |
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| 1310 |
いつも聞くものとや人の思ふらむ来ぬ夕暮れの秋風の声 |
| いつもきく ものとやひとの おもうらん こぬゆうぐれの あきかぜのこえ |
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| 1311 |
心あらば吹かずもあらなむ宵々に人待つ宿の庭の松風 |
| こころあらば ふかずもあらなん よいよいに ひとまつやどの にわのまつかぜ |
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| 1312 |
里は荒れぬ空しき床のあたりまで身はならはしの秋風ぞ吹く |
| さとワあれぬ むなしきゆかの あたりまで みワならわしの あきかぜぞふく |
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| 1313 |
里は荒れぬ尾上の宮のおのづから待ちこし宵も昔なりけり |
| さとワあれぬ おのえのみやの おのずから まちこしよいも むかしなりけり |
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| 1314 |
物思はでただおほかたの露にだに濡るれば濡るる秋の袂を |
| ものおもわで ただおおかたの つゆにだに ぬるればぬるる あきのたもとを |
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| 1315 |
草枕結び定めむ方知らずならはぬ野辺の夢の通ひ路 |
| くさまくら むすびさだめん かたしらず ならわぬのべの ゆめのかよいじ |
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| 1316 |
さてもなほ問はれぬ秋のゆふは山雲吹く風も峰に見ゆらむ |
| さてもなお とわれぬあきの ゆふはやま くもふくかぜも みねにみゆらん |
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| 1317 |
思ひ入る深き心のたよりまで見しはそれともなき山路かな |
| おもいいる ふかきこころの たよりまで みしワそれとも なきやまじかな |
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| 1318 |
ながめてもあはれと思へおほかたの空だにかなし秋の夕暮れ |
| ながめても あわれとおもえ おおかたの そらだにかなし あきのゆうぐれ |
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| 1319 |
言の葉のうつりし秋も過ぎぬればわが身しぐれとふる涙かな |
| ことのはの うつりしあきも すぎぬれば わがみしぐれと ふるなみだかな |
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| 1320 |
消えわびぬうつろふ人の秋の色に実をこがらしの杜の白露 |
| きえわびぬ うつろうひとの あきのいろに みをこがらしの もりのしらつゆ |
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| 1321 |
来ぬ人を秋のけしきや更けぬらむ恨みによわる松虫の声 |
| こぬひとを あきのけしきや ふけぬらん うらみによわる まつむしのこえ |
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| 1322 |
わが恋は庭のむら葉木うら枯れて人をも身をも秋の夕暮れ |
| わがこいワ にわのむらはぎ うらかれて ひとをもみをも あきのゆうぐれ |
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| 1323 |
袖の露もあらぬ色にぞ消えかへるうつれば変る歎きせしまに |
| そでのつゆも あらぬいろにぞ きえかえる うつればかわる なげきせしまに |
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| 1324 |
むせぶとも知らじな心瓦屋にわれのみ消たぬ下けぶりは |
| むせぶとも しらじなこころ かわらやに われのみけたぬ したのけぶりワ |
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| 1325 |
知られじなおなじ袖には通ふともたが夕暮れと頼む秋風 |
| しられじな おなじそでにワ かようとも たがゆうぐれと たのむあきかぜ |
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| 1326 |
露払う寝覚めは秋の昔にて見はてぬ夢に残る面影 |
| つゆはらう ねざめワあきの むかしにて みはてぬゆめに のこるおもかげ |
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| 1327 |
心こそ行方も知らね三輪の山杉の梢の夕暮れの空 |
| こころこそ ゆくえもしらぬ みわのやま すぎのこずえの ゆうぐれのそら |
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| 1328 |
さりともと待ちし月日ぞうつりゆく心の花の色にまかせて |
| さりともと まちしつきひぞ うつりゆく こころのはなの いろにまかせて |
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| 1329 |
生きてよもあすまで人もつらからじこの夕暮れを問はば問へかえし |
| いきてよも あすまでひとも つらからじ このゆうぐれを とわばとえかえし |
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| 1330 |
暁の涙や空にたぐふらむ袖に落ちくる鐘の音かな |
| あかつきの なみだやそらに たぐうらん そでにおちくる かねのおとかな |
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| 1331 |
つくづくと思ひ証しの浦千鳥なみの枕に泣く泣くぞ聞く |
| つくづくと おもいあかしの うらちどり なみのまくらに なくなくぞきく |
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| 1332 |
尋ね見るつらき心の奥の海よ潮干の潟のいふかひもなし |
| たずねみる つらきこころの おくのうみよ しおひのかたの いうかいもなし |
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| 1333 |
見し人の面影とめよ清見潟袖にせきもる波の通ひ路 |
| みしひとの おもかげとめよ きよみがた そでにせきもる なみのかよいじ |
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| 1334 |
ふりにけり時雨は袖に秋かけていひしばかりを待つとせしまに |
| ふりにけり しぐれワそでに あきかけて いいしばかりを まつとせしまに |
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| 1335 |
通ひこし宿の道芝かれがれに跡なき霜のむすぼほれつつ |
| かよいこし やどのみちしば かれがれに あとなきしもの むすぼほれつつ |
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