和歌番号 |
和歌 |
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1149 |
忘れじの行末まではかたければけふを限りの命ともがな |
わすれじの ゆくすえまでワ かたければ きょうをかぎりの いのちともがな |
「わすれないよ」と言うあなたの言葉がいつまでも続くと思われないので、逢った今日限りの命であって欲しいものです。 |
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1150 |
限りなく結びおきつる草枕いつこのたびを思ひ忘れむ |
かぎりなく むすびおきつる くさまくら いつこのたびを おもいわすれん |
かぎりなく深い契りを結んで共に起きた旅寝。いつこのたびの旅寝を忘れることがあるでしょうか。 |
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1151 |
思ふには忍ぶることぞ負けにかる逢ふにしかへばさもあらばあれ 伊勢物語65段 |
おもうにワ しのぶることぞ まけにかる あうにしかえば さもあらばこそ |
思いは、忍ぶことを負かしてしまいます。逢うことと引き換えならば、わが身はどうなろうとかまいません。 |
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1152 |
きのふまで逢ふにしかへばと思ひしをけふは命の惜しくもあるかな |
きのうまで あうにしかえばと おもいしを きょうはいのちの おしくもあるかな |
昨日まで逢うことが出来たら惜しくないと思っていた命ですが、逢った後の今日は、命が惜しいです。 |
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1153 |
逢ふことをけふ松が枝のたむけ草幾夜しをるる袖とかは知る |
おおことを きょうまつがえの たむけぐさ いくよしおるる そでとかワしる |
逢えるその日を待っていた私の袖は、松の枝に付けられて年月を経た幣のように、幾夜涙で萎れているか分かりますか分からないでしょ。 |
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1154 |
恋しさにけふぞ尋ぬる奥山の日陰の露に袖は濡れつつ |
こいしさに きょうぞたずぬる おくやまの ひかげのつゆに そでワぬれつつ |
恋しく思い続けてやっと今日尋ねることが出来ます。奥山の日陰の露のような、あなたの節会の日陰の葛にかかる私の涙で袖が濡れてます。 |
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1155 |
逢ふまでの命ともがなと思ひしはくやしかりけるわが心かな |
あうまでの いのちともがなと おもいしワ くやしかりける わがこころかな |
逢うまでは私の命はあってほしいと思ったのは、今では後悔される私の心でした。 |
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1156 |
人心うす花染めの狩衣さてだにあらで色や変らむ |
ひとごころ うすばなそめの かりごろも さてだにあらで いろやかわらん |
人の心と言うものは、この薄花染めの狩り衣のようなもの、薄いということだけでなく、すぐに色褪せてしまうことでしょう。 |
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1157 |
逢ひ見てもかひなかりけりうばたまのはかなき夢におとるうつつは |
あいみても かいなかりけり うばたまの はかなきゆめに おとるうつつワ |
やっと逢ったのにそのかいはありませんでした。儚い夢にも劣った現実の逢瀬でした。 |
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1158 |
なかなかの物思ひそめて寝ぬる夜ははかなき夢もえやは見えける |
なかなかの ものおもいそめて ねぬるよワ はかなきゆめも えやワみえける |
なまじっか中途半端に人を恋しく思い始めて寝た夜は、ほんのちょっとした夢さえどうして見ることができましょうか。 |
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1159 |
夢とても人に語るな知るといへば手枕ならぬ枕だにせず |
ゆめとても ひとにかたるな しるといえば たまくらならぬ まくらだにせず |
私のことは夢に見たことであっても他の人に言わないでね。枕は人の秘密を知るということなので、手枕でない枕すらしてないんですよ。 |
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1160 |
枕だに知らねばいはじ見しままに君語るなよ春の夜の夢 |
まくらだに しらねばいわじ みしままに きみかたるなよ はるのよのゆめ |
人の秘密を知るという枕さえ知らないのですから何も言えないでしょ。お願いだから見たままを人に言わないでね、春の夜の夢のごとしの逢瀬を。 |
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1161 |
忘れても人に語るなうたたねの夢見てのちも長からじ夜を |
わすれても ひとにかたるな うたたねの ゆめみてのちも ながからじよを |
別れた後も他の人にしゃべらないでね。うたたねで見た夢のようなこのかりそめの逢瀬も夜のごとく長く続かないでしょうから。 |
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1162 |
つらかりし多くの年は忘られて一夜の夢をあはれとぞ見し |
つらかりし おおくのとしワ わすられて ひとよのゆめを あわれとぞみし |
あなたの素っ気無さに辛かった長い年月は忘れることができて、一夜の夢のような逢瀬を感慨深く過ごしましたよ。 |
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1163 |
今朝よりはいとど思ひを焚きまして歎きこりつむ逢坂の山 |
けさよりワ いとどおもいを たきまして なげきこりつむ おおさかのやま |
昨晩の逢瀬の後の今朝以来、「思ひ」という火を以前よりもっとまして焚き、「なげき」という木を切って、一途な思いを積んでいる逢坂の山よ。 |
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1164 |
蘆の屋のしづはた帯のかた結び心やすくもうちとくるかな |
あしのやの しずはたおびの かたむすび こころやすくも うちとくるかな |
足葺きの小屋で賤の娘が倭文機で仕立てた帯の方結びのように、あの人は直ぐに心を開いてうちとけたなあ。 |
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1165 |
かりそめに伏見の野辺の草枕つゆかかりきと人に語るな |
かりそめに ふしみののべの くさまくら つゆかかりきと ひとにかたるな |
その場限りで伏見の野辺で草枕を交わしたのですから、これこれしかじかと露ほどにも他の人にしゃべらないでね。 |
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1166 |
いかにせむ葛の裏吹く秋風に下葉の露の隠れなき身を |
いかにせん くずのうらふく あきかぜに したばのつゆの かくれなきみを |
どうしたらいいのでしょう。葛の葉裏に吹く秋風で下葉についた露があらわになるように、私に飽きたあなたのおしゃべりで隠し事がさらされるわが身を。 |
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1167 |
明けがたき二見の浦に寄る波の袖のみ濡れて沖つ島人 |
あけがたき ふたみのうらに よるなみの そでのみぬれて おきつしまびと |
夜が明けない二見の浦に寄せる波に袖ばかり濡れる沖の島の釣り人のように、中々開けてくれない格子の前でずっと涙で袖を濡らしながら起きていたんです。 |
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1168 |
逢ふことのあけぬ夜ながら明けぬればわれこそ帰れ心やはゆく |
おおことの あけぬよながら あけぬれば われこそかえれ こころやワゆく |
戸を開けてもらえず逢うこともなく夜は明けてしまったので私は帰りますが私の心はとても晴れやかとなるわけがありません。 |
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1169 |
秋の夜の有明の月の入るまでにやすらひかねて帰りにしかな |
あきのよの ありあけのつきの いるまでに やすらいかねて かえりにしかな |
秋の夜の有明の月が沈んで夜が明けてきたのにぐずぐずしていられないので戻りましたよ。 |
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1170 |
心にもあらぬわが身のゆき帰り道の空にて消えぬべきかな |
こころにも あらぬわがみの ゆきかえり みちのそらにて きえぬべきかな |
思うに任せない状態の私は、行っては帰る道すがら心もうつろで消えてしまいそうです。 |
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1171 |
はかなくも明けにけるかな朝露のおきてののちぞ消えまさりける |
はかなくも あけにけるかな あさつゆの おきてののちぞ きえまさりける |
あっという間に夜が明けてしまったなあ。あなたが帰った後、朝露が置いた後にすぐ消えるように、私の命も消えてしまいそうだ。 |
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1172 |
朝露のおきつる空も思ほえず消えかへりつる心まどひに |
あさつゆの おきつるそらも おもおえず きえかえりつる こころまどいに |
朝露が置いたように起きた覚えもありません。消えるように帰ってきたことですよ、心が乱れたままに。 |
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1173 |
おきそふる露やいかなる露ならむ今は消えねと思ふわが身を |
おきそうる つゆやいかなる つゆならん いまワきえねと おもうわがみを |
置いている上にさらに置く露はどの様な露なのでしょう。今は消えてしまえと思うわが身なのに。 |
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1174 |
思ひ出でて今は消ぬべし夜もすがらおきうかりつる菊の上の露 |
おもいいでて いまワけぬべし よもすがら おきうかりつる きくのうえのつゆ |
思い出して、今は消えてしまいそうだ。夜通し起きて面白さに心奪われた私は、菊の上の露のように。 |
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1175 |
うばたまの夜の衣をたちながら帰るものとは今ぞ知りぬる |
うばたまの よるのころもを たちながら かえるものとワ いまぞしりぬる |
夜着を裁って、戸口に立ちながら、着ることもなく空しく帰ることになるとは、今わかりましたよ。 |
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1176 |
みじか夜の残りすくなくふけゆけばかねてものうき暁の空 |
みじかよの のこりすくなく ふけゆけば かねてものうき ありあけのそら |
短い夏の夜なのに更に残り少なく更けてゆくので、もう暁の鐘とともに有明の空がつらく悲しいです。 |
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1177 |
明くといへばしづ心なき春の夜の夢とや君を夜のみは見む |
あくといえば しずこころなき はるのよの ゆめとやきみを よるのみワみん |
夜が明けるというので心が落ち着きません。短い春の夜の夢のように、はかなく夜だけお逢いするだけなのでしょうか。 |
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1178 |
今朝はしも歎きもすらむいたづらに春の夜ひと夜夢をだに見で |
けさワしも なげきもすらん いたずらに はるのよひとよ ゆめをだにみで |
今朝はまさにお嘆きになっていることでしょう。春の夜の一晩を夢さえ見ないで空しく過ごされたのですから |
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1179 |
心からしばしとつつむものからに鴫の羽掻きつらき今朝かな |
こころから しばしとつつむ ものからに しぎのはねがき つらきけさかな |
心底二人のことはもうしばらく包み隠しているものなのに、暁を告げる鴫の羽ばたきの大きな音がつらい今朝です。 |
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1180 |
わびつつも君が心にかなふとて今朝も袂を干しぞわづらふ |
わびつつも きみがこころに かなうとて けさもたもとを ほしぞわずらう |
打ち解けてくれないあなたに悲観しながらも、あなたの心に添えられるようにと我慢して、今朝も虚しく帰宅した私の涙に濡れた袂を干しあぐねています。 |
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1181 |
手枕にかせる袂の露けきは明けぬと告ぐる涙なりけり |
たまくらに かせるたもとの つゆけきワ あけぬとつぐる なみだなりけり |
手枕として貸した私の袂が露でしっとりしているのは、「夜が明けた」と告げられた時にこぼした涙だったのですよ。 |
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1182 |
しばし待てまだ夜は深し長月の有明の月は人まどふなり |
しばしまて まだよワふかし ながつきの ありあけのつきワ ひとまどうなり |
ちょっと待って、まだ真夜中です。遅く出る9月の有明の月に、もう夜が明けたと人は勘違いするのです。 |
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1183 |
おきて見ば袖のみ濡れていとどしく草葉の玉の数やまさらむ |
おきてみば そでのみぬれて いとどしく くさばのたまの かずやまさらん |
朝起きて、庭の植え込んだ露を置いた草木を見ると、私の袖はむやみに涙で濡れていて、草木を分けて帰りゆく私の袖は庭の草木の露の玉の数をさらにいっそう増やすことです。 |
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1184 |
明けぬれどまだきぬぎぬになりやらで人の袖をも濡らしつるかな |
あけぬれど まだきぬぎぬに なりやらで ひとのそでをも ぬらしつるかな |
夜は明けてしまったが、まだ別れることもしかねていると あの人の袖をも私の涙で濡らしてしまいました。 |
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1185 |
面影の忘らるまじき別れかななごりを人の月にとどめて |
おもかげの わすらるまじき わかれかな なごりをひとの つきにとどめて |
面影を忘れられそうもない後朝の別れです。つきぬ名残とともにあの人は月に留めておいて。 |
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1186 |
またも来む秋をたのむの雁だにも鳴きてぞ帰る春のあけぼの |
またもこん あきをたのむの かりだにも なきてぞかえる はるのあけぼの
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また訪れるであろう秋を頼みとしている田の面の雁ですら鳴きながら帰っていく春の曙。何を頼みとしてまた逢えるのか分からないまま、泣き泣き帰る私です。 |
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1187 |
たれゆきて君に告げまし道芝の露もろともに消えなましかば |
たれゆきて きみにつげまし みちしばの つゆもろともに きえなましかば |
誰があなたのところへ行って告げるのでしょうか。帰る途中で道芝の露と同じように私の命も消えてしまったら。 |
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1188 |
消えかへりあるかなきかのわが身かな恨みて帰る道芝の露 |
きえかえり あるかなきかの わがみかな うらみてかえる みちしばのつゆ |
心が消えてしまいそうで生きているのか死んでいるのか分からないような私です。つれないあなたを恨んで帰る私は、道の傍に生えている草の露のようです。 |
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1189 |
朝ぼらけおきつる霜の消えかへり暮れ待つほどの袖を見せばや |
あさぼらけ おきつるしもの きえかえり くれまつほどの そでをみせばや |
朝ぼらけに置いた霜が消えるように、起きてからすっかり心も消沈してしまって、あなたが帰った後、夕暮れを待つまでの間の私の涙に濡れた袖をお見せしたいものです。 |
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1190 |
庭に生ふる夕かげ草の下露や暮れを待つまの涙なるらむ |
にわにおうる ゆうかげくさの したつゆや くれをまつまの なみだなるらん |
庭に生えている夕方の薄明かりに見える草の下に落ちる露は、日が暮れるのを待つ間の私の涙なのでしょうか。 |
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1191 |
待つ宵に更けゆく鐘の声聞けば飽かぬ別れの鳥はものかは |
まつよいに ふけゆくかねの こえきけば あかぬわかれの とりワものかわ |
あの人の訪れをひたすら待つ夕暮れに、更けゆく時を知らせる鐘の音を聞くことは、後朝のあとの名残尽きない別れの時を告げる鶏の鳴き声を聞く辛さなどどうってことないです。 |
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1192 |
これもまた長き別れになりやせむ暮れを待つべき命ならねば |
これもまた ながきわかれに なりやせん くれをまつべき いのちならねば |
この後朝の別れもやはり永遠の別れになるのかな。日が暮れるのを待てそうもない私の命なので。 |
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1193 |
有明は思ひ出であれや横雲のただよはれつるしののめの空 |
ありあけワ おもいであれや よこぐもの ただよわれつる しののめのそら |
有明の月の頃は色々思い出がありますねえ。横雲が漂うように落ち着かなくさまよってしまったことです、夜明けの空の下で。 |
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1194 |
大井川ゐせきの水のわくらばに今日は頼めしくれにやはあらぬ |
おおいがわ いせきのみずの わくらばに きょうはたのめし くれにやワあらぬ |
大井川の流れを堰き止める所で水が湧き立つように、川を流れる榑ではないですが、思いかけず今日は逢うと期待させてくれた、暮れではないのですか。 |
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1195 |
夕暮れに命かけたるかげろふのありやあらずや問ふもはかなし |
ゆうぐれに いのちかけたる かげろうの ありやあらずや とうもはかなし |
夕暮れ時、今日は逢えるかどうかと、命をかけてる蜻蛉のような私に、生きてる否かと問うてくるなんて儚いことですね。 |
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1196 |
あぢきなくつらきあらしの声も憂しなど夕暮れに待ちならひけむ |
あぢきなく つらきあらしの こえもうし などゆうぐれに まちならいけん |
思うようにならなくて辛いので、嵐の音も切なくて苦しい。どうして夕暮れになると待つ、ということに慣れてしまったのだろうか。 |
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1197 |
頼めずは人を待乳の山なりと寝なましものをいざよひの月 |
たのめずワ ひとをまつちの やまなりと ねなましものを いざよいのつき |
期待させてくれないなら、恋人を待つ待乳山であっても寝てしまうものを、ためらうように十六夜の月は出たけど、あの人はやはり…。 |
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1198 |
何ゆゑと思ひも入れぬ夕べだに待ち出でしものを山の端の月 |
なにゆえと おもいもいれぬ ゆうべだに まちいでしものを やまのはのつき |
どうしてかなと深く考えもしなかった夕べでさえ、待ちに待って出た山の端の月です。今はあの人と逢うのが待たれて、月が出るのを待ちに待ってます。 |
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1199 |
聞くやいかにうはの空なる風だにも松に音する習ひありとは |
きくやいかに うわのそらなる かぜだにも まつにおとする ならいありとワ |
聞いてますか、どうでしょうね。空の上を吹く当てにならない風でも、待っていれば松に吹いて来て音を立てるのは世の常なのに。私はずっと待っているのですよ。 |
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1200 |
人は来で風のけしきも更けぬるにあはれに雁のおとづれてゆく |
ひとワこで かぜのけしきも ふけぬるに あわれにかりの おとずれてゆく |
あの人は来ず。風の吹く様子も更けてきたと思わせるときに、あわれさをそそる様に雁が鳴きながら飛んで行きます。 |
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1201 |
いかが吹く身にしむ色の変るかな頼むる暮れの松風の声 |
いかがふく みにしむいろの かわるかな たのむるくれの まつかぜのこえ |
どのように吹いているのでしょうか。身に染みる音色がいつもと違ってます。あの人の訪れを感じさせる夕暮れの松風の音は。 |
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1202 |
頼めおく人も長等の山にだにさ夜更けぬれば松風の声 |
たのめおく ひともながらの やまにだに さよふけぬれば まつかぜのこえ |
訪れを当てにさせるような人もいないこの長等山でさえ、夜が更けると松風の音が聞こえます。あの人の訪れを待つ私の心を感じているように。 |
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1203 |
今来むと頼めしことを忘れずはこの夕暮れの月や待つらむ |
いまこんと たのめしことを わすれずワ このゆうぐれの つきやまつらん |
すぐに行くよ、という期待させるようなことを言ったのを忘れてなかったら、あの人は、この夕暮れに出る月を待っているのでしょうか。 |
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1204 |
君待つとねやへも入らぬ真木の戸にいたくな更けそ山の端の月 |
きみまつと ねやへもいらぬ まきのとに いたくなふけそ やまのはのつき |
あの人を待って、寝所にも入らないで、閉ざさないままの真木の戸に、非情にも夜が更けたことを知らせる光を刺さないでおくれ山の端の月よ。 |
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1205 |
頼めぬに君来やと待つ宵のまの更けゆかでただ明けなましかば |
たのめぬに きみくやとまつ よいのまの ふけゆかでただ あけなましかば |
約束したわけではないけれど、ひょっとしたらあの人が来るのではないかと待っている夜が、更けていかないで、ただもう明けてしまわないかなあ。 |
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1206 |
帰るさのものとや人のながむらむ待つ夜ながらの有明の月 |
かえるさの ものとやひとの ながむらん まつよながらの ありあけのつき |
家に帰る時のものとして、あの人は眺めているのでしょうか。私が夜通し訪れを待ち続けてた時に迎えた有明の月を。 |
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1207 |
君来むといひし夜ごとに過ぎぬれば頼まぬものの恋ひつつぞ経る 伊勢物語二十三段 |
きみこんと いいしよごとに すぎぬれば たのまぬものの こいつつぞふる |
あの人が、来ようと言うばかりで度々来ないので、待つばかりの夜を過ごしてしまい、今ではもう当てにしてないけれど、恋慕いながら過ごしています。 |
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1208 |
衣手に山おろし吹きて寒き夜を君来まさずはひとりかも寝む |
ころもでに やまおろしふきて さむきよを きみきまさずワ ひとりかもねん |
袖に山おろしが吹いてきて寒い夜を、あの人が来ないのなら一人で寂しく寝ることになるのでしょうか。 |
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1209 |
逢ふことはこれや限りのたびならむ草の枕も霜がれにけり |
おおことワ これやかぎりの たびならん くさのまくらも しもがれにけり |
お逢いするのは、今回が最後の旅寝ということでしょうか。草を結んで作った枕も夜離れを思わせるように霜枯れてしまいました。 |
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1210 |
馴れゆくは憂き世なればや須磨の海人の塩焼き衣まどほなるらむ |
なれゆくワ うきよなればや すまのあまの しおやきころも まどおなるらん |
馴れると飽きてくるのは、この世の常なので、須磨の海人が着る塩焼き衣の織り目が荒いように間遠くなっているのでしょうか。 |
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1211 |
霧深き秋の野中の忘れ水絶えまがちなる頃にもあるかな |
きりふかき あきののなかの わすれみず たえまがちなる ころにもあるかな |
霧が深く立ち込める野の中にある、人に知られないで絶え絶えに流れる水のように、あの人の来訪も途絶えがちになっている今日この頃ですね。 |
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1212 |
世の常の秋風ならば荻の葉にそよとばかりの音はしてまし |
よのつねの あきかぜならば おぎのはに そよとばかりの おとワしてまし |
世の常ならば、秋風が吹けば荻の葉にそよというくらいの吹く音がするのに。あの人からは、そよという程の音沙汰もないのです。 |
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1213 |
足引きの山のかげ草結びおきて恋ひやわたらむ逢ふよしをなみ |
あしびきの やまのかげぐさ むすびおきて こいやわたらん あう縁を無み |
山の陰に生えた草を結んでおいて、恋い続けるのでしょうか、逢うすべもないので。 |
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1214 |
東路に刈るてふ茅の乱れつつつかのまもなく恋ひやわたらむ |
あずまぢに かるちょおかやの みだれつつ つかのまもなく こいやわたらん |
東国で刈るという茅の乱れるように私の恋も乱れて、ずっと恋い続けるのでしょうか。 |
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1215 |
結びおきし袂だに見ぬ花すすき枯れるともかれじ君し解かずは |
むすびおきし たもとだにみぬ はなすすき かれるともかれじ きみしとかずワ |
あなたの袂に結んでおいた花すすき、その袂を見たりしませんし、たとえ枯れても私は離れることはありません。あなたがその結んだ花すすきを解かなければ。 |
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1216 |
霜の上に今朝降る雪の寒ければ重ねて人をつらしとぞ思ふ |
しものうえに けさふるゆきの さむければ かさねてひとを つらしとぞおもふ |
霜の上に今朝降る雪がさらに寒くて耐え難さが重なります。そのように度重ねてあの人を情けのない人と思います。 |
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1217 |
一人伏す荒れたる宿の床の上にあはれ幾夜の寝覚めしつらむ |
ひとりふす あれたるやどの とこのうえに あわれいくよの ねざめしつらん |
一人寝するこの荒れはてた家で、全くもって幾夜夜中に目が覚めてしまったことか。 |
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1218 |
山城の淀の若薦かりに来て袖濡れぬとはかこたざらなむ |
やましろの よどのわかこも かりにきて そでぬれぬとかワ かこたざらなん |
山城の淀の若薦を狩りに来てではないが、一時の気まぐれにやって来て、あなたを思って涙して袖が濡れた、などとぶつぶつ言わないでね。 |
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1219 |
かけて思ふ人もなけれど夕されば面影絶えぬ玉かづらかな |
かけておもう ひともなけれど ゆうされば おもかげたえぬ たまかずらかな |
私のことを心にかけて思ってくれる人はいないけど、夕方になると、面影が絶えることなく浮かび上がるよ、恋しい人。 |
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1220 |
偽りを糺すの森のゆふだすき掛けつつ誓へわれを思はば |
いつわりを ただすのもりの ゆうだすき かけつつちかえ われをおもわば |
偽りごとを問いただす下賀茂社の森の川合社の木綿襷を掛けて神の恩名にかけて誓いなさい。私を思っているのなら。 |
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1221 |
いかばかりうれしからましもろともに恋ひらるる身も苦しかりせば |
いかばかり うれしからまし もろともに こいらるるみも くるしかりせば |
どれほど嬉しいことか。私と同じように私に思われるあなたも同じように苦しかったならば。 |
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1222 |
わればかりつらきを忍ぶ人やあるといま世にあらば思ひ合はせよ |
わればかり つらきをしのぶ ひとやあると いまよにあらば おもいあわせよ |
私ほどあなたの非情さに耐え忍ぶ人がいるか、さあ生き長らえたなら他の人と比べてみてください。 |
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1223 |
ただ頼めたとへば人の偽りを重ねてこそはまたも恨みめ |
ただたのめ たとえばひとの いつわりを かさねてこそワ またもうらみめ |
ただ頼みにしなさい。恋しい人の言葉を。たとえそれが偽りであっても。でも偽りを重ねた時こそは、改めて恨みましょう。 |
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1224 |
つらしとは思ふものから伏柴のしばしもこりぬ心なりけり |
つらしとワ おもうものから ふししばの しばしもこりぬ こころなりけり |
あなたの非情さを辛いと思うものの、伏柴ではないが、しばしも懲りずにあなたのことを思い続ける心なんです。 |
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1225 |
頼めこし言の葉ばかりとどめおきて浅茅が露と消えなましかば |
たのめこし ことのはばかり とどめおきて あさじがつゆと きえなましかば |
頼りとしてきたあなたの言葉だけをこの世において、浅茅の露と消えてしまったら。あなたはいかに思いますか。 |
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1226 |
あはれにも誰かはつゆも思はまし消え残るべきわが身ならねば |
あわれにも だれかワつゆも おもわまし きえのこるべき わがみならねば |
あわれだと、だれが少しも思うものですか。あなたが亡くなった後に生き永らえているわが身ではないですから。 |
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1227 |
つらきをも恨みぬわれに習ふなよ憂き身を知らぬ人もこそあれ |
つらきをも うらみぬわれに ならうなよ うきみをしらぬ ひともこそあれ |
あなたの非情さを恨んだりしない私に慣れて、皆そうだと思わないでください。憂き身を悟らないで、あなたを恨んだりする人もいるかもしれません。 |
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1228 |
何かいとふよも永らへじさのみやは憂きに堪へたる命なるべき |
なにかいとう よもながらえじ さのみやワ うきにたえたる いのちなるべき |
どうしてこの世を嫌うのでしょか。生き永らえることなどできないのです。それ程までに辛い思いに堪えていられる命であるはずがありません。 |
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1229 |
恋ひ死なむ命はなほも惜しきかなおなじ世にあるかひはなけれど |
こいしなん いのちワなおも おしきかな おなじよにある かいワなけれど |
恋のために病気になって死んでしまいそうですが、やはり命は惜しいですよね。あの人と同じ世に生きてる甲斐はなくても。 |
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1230 |
あはれとて人の心のなさけあれな数ならぬにはよらぬ歎きを |
あわれとて ひとのこころの なさけあれな かずならぬにワ よらぬなげきを |
あわれだなと言って、あの人の心に思いやりがあればなあ。ものの数に入らない身であるということに基づかない嘆きなんですから。 |
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1231 |
身を知れば人のとがとは思はぬに恨みがほにも濡るる袖かな |
みをしれば ひとのとがとワ おもわぬに うらみがおにも ぬるるそでかな |
身の程を知っているので、冷たくされるのもあの人のとがむべき行為とは思いません。ですから恨めしそうな顔つきをしてても袖は涙で濡れているんですよ。 |
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1232 |
よしさらば後の世とだに頼めおけつらさに堪えぬ身ともこそなれ |
よしさらば のちのよとだに たのめおけ つらさにたえぬ みともこそなれ |
よし。しからば、来世でお会いできるであろうと期待させてください。あなたの冷たさに耐えられなくて死んでしまいそうな私なので。 |
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1233 |
頼めおかむたださばかりを契りにて憂き世の中の夢になしてよ |
たのめおかん たださばかりを ちぎりにて うきよのなかの ゆめになしてよ |
お約束しておきます。ただ、その約束だけを私たちの関係として、今までの私たちのことはこの憂き世で見た夢ということにしてください。 |
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