| 和歌番号 |
和歌 |
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| 1081 |
下燃えに思ひ消えなむけぶりだに跡なき雲のはてぞかなしき |
| したもえに おもいきえなん けむりだに あとなきくもの はてぞかなしき |
| 密かに思い焦がれて亡くなって、荼毘の煙さえも跡を残さない雲となってしまうのかと思うと悲しい恋です。 |
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| 1082 |
なびかじな海人の藻塩火たきそめてけぶりは空にくゆりわぶとも |
| なびかじな あまのもしおび たきそめて けむりはそらに くゆりわぶとも |
| なびかないでしょうね。海人が藻塩を焼く火を焚き始め、甚だしく煙って空を染ていても。 |
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| 1083 |
恋をのみ須磨の浦人藻塩たれほしあへぬ袖のはてを知らばや |
| こいをのみ すまのうらびと もしおたれ ほしあえぬそでの はてをしらばや |
| 恋ばかりする須磨の浦人は泣き崩れて袖を乾かしている間がありません。その袖がしまいにはどうなってしまうのか知りたいですね。 |
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| 1084 |
みるめこそ入りぬる磯の草ならめ袖さへ波の下に朽ちぬる |
| みるめこそ いりぬるいその くさならめ そでさえなみの したにくちぬる |
| 海松は潮が満ちれば海に入ってしまう磯の草だけど、私の袖さえも涙の波の下に朽ちてしまいましたよ。 |
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| 1085 |
君恋ふと鳴海の浦の浜久木しをれてのみも年を経るかな |
| きみこうと なるみのうらの はまひさぎ しおれてのみも としをふるかな |
| あなたに恋するようになった身は、鳴海の浦の浜に生えている久木のようなもの。涙にしおれて私の身も長い年月を重ねましたよ。 |
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| 1086 |
知るらめや木の葉降りしく谷水の岩間にもらす下の心を |
| しるらめや このはふりしく たにみずの いわまにもらす したのこころを |
| あの人は知らないでしょうね。木の葉が降り散って敷く谷川の岩の間に洩れる水のように、漏れ出ずる私の心を。 |
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| 1087 |
もらすなよ雲ゐる峰の初時雨木の葉は下に色変わるとも |
| もらすなよ くもいるみねの はつしぐれ このはワしたに いろかわるとも |
| 洩らすなよ。雲がかかる峰に降る初時雨を。たとえ木の葉は雲の下で紅葉しても。袖は紅涙に染まっても恋心を外に洩らすまい。 |
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| 1088 |
かくとだに思ふ心を岩瀬山下ゆく水の草隠れつつ |
| かくとだに おもうこころを いわせやま したゆくみずの くさかくれつつ |
| これだけ思い焦がれているのだという心を言わないでおこう。岩瀬山の下を流れる水が草に隠れながら流れるように。 |
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| 1089 |
もらさばや思ふ心をさてのみはえぞ山城の井手のしがらみ |
| もらさばや おもうこころを さてのみは えぞやましろの いでのしがらみ |
| いっそ洩らしてしまいたい。恋しく思う心を。山城の井手の柵が水を堰ききれないように、忍んでばかりいてもいられそうにないから。 |
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| 1090 |
恋しともいはば心のゆくべきに苦しや人目つつむ思ひは |
| こいしとも いわばこころの ゆくべきに くるしやひとめ つつむおもいは |
| 恋しいと言ってしまえば心も晴れるのに、苦しいことです、人目をはばかって隠している恋の思ひは。 |
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| 1091 |
人しれぬ恋にわが身は沈めどもみるめに浮くは涙なりけり |
| ひとしれぬ こいにわがみワ しずめども みるめにうくは なみだなりけり |
| あの人に知られないでいる恋にわたしの身は沈んでいますが、あの人を見る目に浮かぶのは涙でした。 |
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| 1092 |
物思ふといはぬばかりは忍ぶともいかがはすべき袖の雫を |
| ものおもうと いわぬばかりは しのぶとも いかがワすべき そでのしずくを |
| 恋の思ひに悩んでいることは人に知られないように耐えてますが、どうしたものか、袖からこぼれる涙の雫を |
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| 1093 |
人知れず苦しきものは信夫山下はふ葛のうらみなりけり |
| ひとしれず くるしきものは しのぶやま したはうくずの うらみなりけり |
| あの人に知られず苦しいものは、信夫山の下に蔓の延びている葛の葉の裏見、恨み心ですよ。 |
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| 1094 |
消えねただ信夫の山の峰の雲かかる心の跡もなきまで |
| きえねただ しのぶのやまの みねのくも かかるこころの あともなきまで |
| ただ消えてしまいなさい、信夫の山の峰に懸かる雲よ。このような忍ぶ恋の心のあとかたも無いまでに。 |
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| 1095 |
限りあれば信夫の山のふもとにも落葉が上の露と色づく |
| かぎりあれば しのぶのやまの ふもとにも おちばがうえの つゆといろづく |
| ものには限度というものがあるから、信夫山の麓の落葉の上に置いた露がもみじの紅に色づきます。袖に置いた露が紅涙で染まってしまいます。 |
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| 1096 |
うちはへて苦しきものは人目のみしのぶの浦の海人のたく縄 |
| うちはえて くるしきものワ ひとめのみ しのぶのうらの あまのたくなわ |
| いつまでも苦しいのは、しのぶの浦で海人が、長く伸ばした楮(こうぞ)の樹皮で作った縄をたぐる作業のように人目ばかりを忍ぶ恋です。 |
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| 1097 |
忍はじよ石間づたひの谷川も瀬を堰くにこそ水まさりけれ |
| しのばじよ いしまづたいの たにがわも せをせくにこそ みずまさりけれ |
| もう忍びませんよ。石の間を伝って流れる谷川も、流れをさえぎって止めることで、かえって水かさがまさるのです。 |
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| 1098 |
人もまだ踏み見ぬ山の岩隠れ流るる水を袖に堰くかな |
| ひともまだ ふみみぬやまの いわかくれ ながるるみずを そでにせくかな |
| 人もまだ踏み歩いて見たことのない山の岩陰に流れる水を袖で堰き止めますよ。片思いですが、恋しい人が文を見てくれないので、人目に隠れて溢れる涙を袖で抑えています。 |
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| 1099 |
遥かなる岩のはざまにひとりゐて人目思はで物思はばや |
| はるかなる いわのはざまに ひとりいて ひとめおもわで ものおもわばや |
| 人里から離れた遥かな山の岩間の間に一人いて、人目を気にせず恋の物思いにふけりたい。 |
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| 1100 |
数ならぬ心のとがになしはてじ知らせてこそは身をも恨みめ |
| かずならぬ こころのとがに なしはてじ しらせてこそワ みをもうらみめ |
| 身の程知らずの恋心を抱いたこと過ちではないことにしよう。告白して、叶わなかったらわが身のつたなさを恨もう。 |
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| 1101 |
草深き夏野分けゆくさを鹿の音をこそ立てね露ぞこぼるる |
| くさふかき なつのわけゆく さおじかの ねをこそたてね つゆぞこぼるる |
| 草が深く生い茂った夏の野を分け行く牡鹿は泣き声を立てないけど草葉の露がこぼれています。 |
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| 1102 |
後の世を嘆く涙といひなして絞りやせまし墨染めの袖 |
| のちのよを なげくなみだと いいなして しぼりやせまし すみぞめのそで |
| 来世を嘆く涙と言いつくろって、忍ぶ恋の涙で濡れたこの墨染めの袖を絞りましょう。 |
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| 1103 |
玉章の通ふばかりになぐさめて後の世までの恨み残すな |
| たまづさの かよふばかりに なぐさめて のちのよまでの うらみのこすな |
| 手紙のやり取りだけで私への気持ちを慰めて、後世まで成就しなかったという恨みを残さないでくださいね。 |
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| 1104 |
ためしあればながめはそれと知りながらおぼつかなきは心なりけり |
| ためしあれば ながめワそれと しりながら おぼつかなきワ こころなりけり |
| 業平の例もありますから、あなたがじっと見つめているのは、恋の物思いと分かりますが、はっきりしないのは、
私たちの誰にご執心かということです。 伊勢物語99段 |
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| 1105 |
いはぬより心やゆきてしるべするながむる方を人の問ふまで |
| いわぬより こころやゆきて しるべする ながむるかたを ひとのとふまで |
| 口に出して言わないうちに私の心がそちらに行って恋の道しるべをしたのでしょうか。じっと見つめる先をあなたが尋ねるまでに。 伊勢物語99段 |
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| 1106 |
ながめわびそれとはなしにものぞ思ふ雲のはたての夕暮れの空 |
| ながめわび それとワなしに ものぞおもう くものはたての ゆうぐれのそら |
| じっと眺めているいるのにも飽きてしまった。何となく物思いをしている雲のはての夕暮れの空を。 |
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| 1107 |
思ひあまりそなたの空をながむれば霞を分けて春雨ぞ降る |
| おもいあまり そなたのそらを ながむれば かすみをわけて はるさめぞふる |
| あなたのことを思いあふれ、あなたのいる方の空を眺めると、立ちこめる霞を分けるように春雨が降っています。 |
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| 1108 |
山賤の麻のさ衣をさをあらみあはで月日やすぎ葺ける庵 |
| やまがつの あさのさごろも をさ(筬)をあらみ あわでつきひや すぎふけるいお |
| 山賤が身にまとう麻衣は、筬が荒いので、目が合わないが、その様に恋人とも逢わないで月日が過ぎるのかな。杉板を葺いたこの庵で。 |
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| 1109 |
思へどもいはで月日はすぎの門さすがにいかが忍びはつべき |
| おもえども いわでつきひは すぎのかど さすがにいかが しのびはつべき |
| 心に思う人に告白せずに杉の門を閉ざすように月日は過ぎてしまった。さすがにいつまでもこの恋心を忍びきれるのかな。 |
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| 1110 |
逢ふことは交野の里の笹の庵しのに露散る夜はの床かな |
| おうことは かたののさとの ささのいお しのにつゆちる よわのとこかな |
| あの人に逢うことは難し。交野の笹葺きの庵で思っていると、しきりに涙の露が散る夜の床です。 |
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| 1111 |
散らすなよしのの葉草のかりにても露かかるべき袖の上かは |
| ちらすなよ しののはくさの かりにても つゆかかるべき そでのうえかわ |
| 散らすなよ。しのの葉草を刈る時も、葉に置いた露を。仮初めにもかかって良い私の袖の上でしょうか。 |
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| 1112 |
白玉か露かと問はむ人もがな物思ふ袖をさして答へむ |
| しらたまか つゆかととわん ひともがな ものおもうそでを さしてこたえん |
| 「白玉か、露か」と尋ねる人がいてほしいなあ。その時は、物思いで涙するこの袖をさして答えましょう。 伊勢物語6段 |
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| 1113 |
いつまでの命もしらぬ世の中につらき歎きのやまずもあるかな |
| いつまでの いのちもしらぬ よのなかに つらきなげきの やまずもあるかな |
| いつまで生きられるか分からないこの世の中で、つらい恋の歎きがやまないのです。 |
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| 1114 |
わが恋は千木の片そぎかたくのみゆきあはで年のつもりぬるかな |
| わがこいは ちぎのかたそぎ かたくのみ ゆきあわでとしの つもりぬるかな |
| 私の恋は、住吉の社の千本の片そぎのようなもの。逢ふことは難く、行き逢わずに何年も経てしまいました。 |
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| 1115 |
いつとなく塩焼く海人の苫びさし久しくなりぬ逢はぬ思ひは |
| いつとなく しおやくあまの とまびさし ひさしくなりぬ あわぬおもいは |
| いつもいつも塩を焼いている海人の苫屋の庇ではないが、久しくなりました、逢えなくて思いの火を燃やしていることが。 |
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| 1116 |
藻塩焼く海人の磯屋の夕けぶり立つ名も苦し思ひ絶えなで |
| もしおやく あまのいそやの ゆうけぶり たつなもくるし おもいたえなで |
| 藻塩を焼く海人の磯辺の小屋からたつ夕方の煙。そのように立つ恋の噂も苦しい、恋しく思う心の火が絶えなくて。 |
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| 1117 |
須磨の海人の袖に吹きこす潮風のなるとはすれど手にもたまらず |
| すまのあまの そでにふきこす しおかぜの なるとワすれど てにもたまらず |
| 須磨の海人の袖に吹き過ぎていく潮風のように、馴れ親しんではいるのにあの人の心を捕まえることが出来ません。 |
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| 1118 |
ありとても逢はぬためしの名取川朽ちだにはてね瀬々の埋れ木 |
| ありとても あわぬためしの なとりがわ くちだにはてね せぜのうもれぎ |
| 生きていても逢えない先例だ、という評判を取りそうです。いっそのこと朽ち果ててしまえ、瀬々の埋もれ木のような私。 |
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| 1119 |
歎かずよ今はたおなじ名取川瀬々の埋れ木朽ちはてぬとも |
| なげかずよ いまはたおなじ なとりがわ せぜのうもれぎ くちはてぬとも |
| 嘆きません。浮名を取ってしまった今では同じことです。名取川の瀬々の埋もれ木のように埋もれてしまっても。 |
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| 1120 |
涙川たぎつ心の早き瀬をしがらみかけて堰く袖ぞなき |
| なみだがわ たぎつこころの はやきせを しがらみかけて せくそでぞなき |
| 恋心にさかまく涙川の早瀬を、柵をかけて流れを堰き止めるような袖もありません。 |
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| 1121 |
よそながらあやしとだにも思へかし恋せぬ人の袖の色かは |
| よそながら あやしとだにも おもえかし こいせぬひとの そでのいろかわ |
| 自分に直接関係ないとしても、せめて何か変だわと思ってください。恋をしてない人の袖の色でしょうか、この私の紅涙に染まった袖の色は。 |
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| 1122 |
忍びあまり落つる涙を堰きかへし抑ふる袖よ憂き名もらすな |
| しのびあまり おつるなみだを せきかえし おさふるそでよ うきなもらすな |
| 恋心を忍びかねて落ちる涙を堰いて押し返し、抑えている袖よ、艶聞を外に漏らさないでおくれ。 |
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| 1123 |
くれなゐに涙の色のなりゆくをいくしほまでと君に問はばや |
| くれないに なみだのいろの なりゆくを いくしおまでと きみにとわばや |
| 紅色に涙が変わっていくのを、あなたは一体何度染めさせたいのですかと、お尋ねしたいことです。 |
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| 1124 |
夢にても見ゆらむものを歎きつつうち寝る宵の袖のけしきは |
| ゆめにても みゆらんものを なげきつつ うちぬるよいの そでのけしきワ |
| 夢にでも見えるでしょう。嘆きながら寝る私の宵の袖が濡れそぼっている有様を。 |
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| 1125 |
覚めてのち夢なりけりと思ふにも逢ふはなごりのをしくやはあらぬ |
| さめてのち ゆめなりけりと おもうにも 逢うワなごりの おしくやワあらぬ |
| 目覚めた後に夢だったのかと思うのだけれど、夢の中でさえあなたと逢うと名残が惜しくないことがあるでしょうか。 |
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| 1126 |
身にそへるその面影も消えななむ夢なりけりと忘るばかりに |
| みにそえる そのおもかげも きえななん ゆめなりけりと わするばかりに |
| わが身に付きまとって離れないあなたの面影もいっそのこと消えてしまってほしい。この恋は夢だったと忘れてしまえるように。 |
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| 1127 |
夢のうちに逢ふとみえつる寝覚めこそつれなきよりも袖は濡れけれ |
| ゆめのうちに あうとみえつる ねざめこそ つれなきよりも そでワぬれけれ |
| 恋人と睦まじくする夢を見た時の寝覚めの方が、現実ではあの人はつれなくて涙を流すより袖はもっと濡れてしまいます。 |
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| 1128 |
頼めおきし浅茅が露に秋かけて木の葉ふりしく宿の通ひ路 |
| たのめおきし あさじがつゆに あきかけて このはふりしく やどのかよいじ |
| 期待し続けて、浅茅に露が降りる秋になってもあの人は来ない。木の葉は降り続けて、私の家への通い道をむらなく覆っています。 |
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| 1129 |
忍びあまり天の川瀬にことよせむせめては秋を忘れだにすな |
| しのびあまり あまのかわせに ことよせん せめてワあきを わすれだにすな |
| 忍び切れないので、天の川の川瀬を渡る牽牛と織姫にかこつけて言づけましょう。せめて秋に逢うことを忘れないで下さいと。 |
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| 1130 |
頼めてもはるけかるべき帰山幾重の雲のうちに待つらむ |
| たのめても はるけかるべき かえるやま いくえのくもの うちにまつらん |
| あの人は帰ってきて逢おうとあてにさせるけど、遥かに遠い越前の国だから、幾重重なる雲の下でその日を待つことになるのでしょう。 |
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| 1131 |
逢ふことはいつと伊吹の峰におふるさしも絶えせぬ思ひなりけり |
| あうことは いつといぶきの みねにおうる さしもたえせぬ おもいなりけり |
| あの人といつ逢うことになるのだろうかと、伊吹山の峰に生えるさしも草、そのように絶えることのない恋の思ひだなあ。 |
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| 1132 |
富士の嶺のけぶりもなほぞ立ち昇る上なきものは思ひなりけり |
| ふじのみねの けむりもなおぞ たちのぼる うえなきものワ おもいなりけり |
| 富士山の煙よりさらに高く立ち昇る。そのようにこの上なく立ち昇るものは恋の思ひの火なのです。 |
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| 1133 |
無き名のみ立田の山に立つ雲のゆくへも知らぬながめぞする |
| なきなのみ たつたのやまに たつくもの ゆくえもしらぬ ながめぞする |
| あの人に逢ったという噂ばかりが立ち、立田山に立つ雲のように、雲の行方も分からないように、あてもなく物思いに沈んでその雲を眺めています。 |
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| 1134 |
逢ふことのむなしき空の浮雲は身を知る雨のたよりなりけり |
| あうことの むなしきそらの 浮雲ワ みをしるあめの たよりなりけり |
| あの人に逢うという架空の空に浮かぶ雲は、わが身の運、不運を占い知る雨をもたらす使者なのだなあ。 伊勢物語 107段 |
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| 1135 |
わが恋は逢ふを限りの頼みだにゆくへも知らぬ空の浮雲 |
| わがこいワ あうをかぎりの たのみだに ゆくえもしらぬ そらのうきぐも |
| 私の恋は、逢うことさえ出来れば良いという心細さなのに、その望みさえ空に浮かぶ雲の行き先が分からないように頼りのないことです。 |
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| 1136 |
面影の霞める月ぞやどりける春や昔の袖の涙に |
| おもかげの かすめるつきぞ やどりける はるやむかしの そでのなみだに |
| 昔恋した人の面影が白くぼんやりと浮かぶ月の光が宿りました。あの人と逢った頃の春を忍んで流す袖の涙に。 伊勢物語4段 |
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| 1137 |
床の霜枕の氷消えわびぬ結びもおかぬ人の契りに |
| とこのしも まくらのこおり きえわびぬ むすびもおかぬ ひとのちぎりに |
| 涙によって生じる床の霜も、枕に生ずる氷も消えかねています。私の心が約束をきっちり結んでいない為に消えそうになりながらもかろうじて生きているように。 |
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| 1138 |
つれなさのたぐひまでやはつらからぬ月をもめでじ有明の空 |
| つれなさの たぐひまでやワ つらからぬ つきをもめでじ ありあけのそら |
| つれない人だけでなく、情け知らずでは同じような物もつれなくないことが有るのでしょうか。ですから空に残る有明の月を賞美したりしませんよ。。 |
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| 1139 |
袖の上にたれゆゑ月は宿るぞとよそになしても人の問へかし |
| そでのうえに たれゆえつきワ やどるぞと よそになしても ひとのとえかし |
| 「誰のせいで、あなたの袖が涙に濡れ、月の光が宿っているのですか」と、私が恋していると気が付かなくてもあの人に尋ねてほしい。 |
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| 1140 |
夏引の手引きの糸の年へても絶えぬ思ひに結ぼほれつつ |
| なつびきの てびきのいとの としへても たえぬおもいに むすぼほれつつ |
| 夏に手でもって紡いだ糸を機の縦糸に掛けるように、年を経ても絶えることのない私の思ひに心は揺ぎ無く織られています。 |
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| 1141 |
幾夜われ波にしをれて喜船川袖に玉散る物思ふらむ |
| いくよわれ なみにしおれて きぶねがわ そでにたまちる ものおもうらん |
| どれだけの夜を私は波に濡れてぐっしょりとなりながら貴船川をさかのぼってきて、袖に涙の玉が散って、魂もさまようくらいの恋の物思ひをして過ごすのでしょうか。 |
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| 1142 |
年も経ぬ祈る契りは初瀬川尾上の鐘のよその夕暮れ |
| としもへぬ いのるちぎりワ はつせがわ おのえのかねの よそのゆうぐれ |
| 月日は流れ、あの人が靡いてくれるように祈ったが果てた。初瀬山の峰に鐘の音が、私とは関わりのない夕暮れを告げる。 |
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| 1143 |
憂き身をばわれだにいとふいとへただそをだにおなじ心と思はむ |
| うきみをば われだにいとう いとえただ そをだにおなじ こころとおもわん |
| 辛い目にあってる身を私自身でさえ厭わしく思っています。どんどん厭うてください。それだけでも同じ気持ちでいると思えることです。 |
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| 1144 |
恋ひ死なむおなじ憂き名をいかにして逢ふにかへつと人にいはれむ |
| こいしなん おなじうきなを いかにして あうにかえつと ひとにいわれん |
| 焦がれ死にをするでしょう。同じ憂き名が立つなら、どの様にしたら、「逢瀬と命を引き換えにした」と人に言われるようになるのかな。 |
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| 1145 |
あす知らぬ命をぞ思ふおのづからあらば逢ふ世を待つにつけても |
| あすしらぬ いのちをぞおもう おのずから あらばあうよを まつにかけても |
| 明日は死んでいるかもしれない命について考えています。たまたま生き永らえていれば、恋する人に逢うチャンスがあるかもと思うと。 |
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| 1146 |
つれもなき人の心はうつせみのむなしき恋に身をやかへてむ |
| つれもなき ひとのこころワ うつせみの むなしきこいに みをやかえてん |
| 情けのない人の心ははかないです。この世の空しい恋にわが身を引き換えにしてしまうのでしょうか |
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| 1147 |
何となくさすがに惜しき命かなありへば人や思ひ知るとて |
| なにとなく さすがにおしき いのちかな 在り経ばひとや おもいしるとて |
| 特にどうということはないですが、やはり惜しいと思う命です。月日がたてば、恋しい人も私の恋心を気付いてくれるかなと思うと。 |
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| 1148 |
思ひ知る人ありけりのよなりせばつきせず身をば恨みざらまし |
| おもいしる ひとありけりの よなりせば つきせずみをば うらみざらまし |
| 私の恋心を分かってくれる人がいる有明の月がかかる夜、世の中だったら尽きることなく拙いわが身を恨んだりしないでしょうに。 |
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