| 和歌番号 |
和歌 |
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| 0990 |
よそにのみ見てややみなむ葛城や高間の山の峰の白雲 |
| よそにのみ みてややみなん かつらぎや たかまのやまの みねのしらゆき |
| 身分の違う人ととして見るだけで終わるのかな。葛城山の高間の山の峰に懸かる白雲のように手が届かないのですねあの人は。 |
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| 0991 |
音にのみありと聞きこしみ吉野の滝はけふこそ袖に落ちけれ |
| おとにのみ ありとききこし みよしのの たきはきょうこそ そでにおちけれ |
| 噂にだけ有ると聞いていた吉野の滝は、今日は私の袖に落ちました。恋のためにおびただしく流すわが涙です。 |
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| 0992 |
足引きの山田守る庵に置く蚊火の下こがれつつわが恋ふらくは |
| あしびきの やまだもるいおに おくかびの したこがれつつ わがこうらくワ |
| 山田を守る小屋に置いてある蚊火が燃え上がらずにくすぶっているようなものです。私が恋するということは。 |
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| 0993 |
いそのかみ布留の早田の穂には出でず心の内に恋ひやわたらむ |
| いそのかみ ふるのわさだの ほにワいでず こころのうちに こいやわたらん |
| 大和の国布留の最も早く熟する稲の穂がまだ出ていないように私も表に出さず心の内に思い続けているのでしょうか。 |
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| 0994 |
春日野のわかむらさきの摺り衣しのぶの乱れ限り知られず 伊勢物語 初段 |
| かすがのの わかむらさきの すりごろも しのぶのみだれ かぎりしられず |
| 春日野の若紫のように美しい人を垣間見た私の心は、むらさきの根で染めた摺り衣の信夫模様のように乱れてしまっています。 |
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| 0995 |
むらさきの色に心はあらねども深くぞ人を思ひそめつる |
| むらさきの いろにこころワ あらねども ふかくぞひとを おもいそめつる |
| 私の心はむらさきを染めた色ではないけれど、あなたをその様に深く思い初めています。 |
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| 0996 |
瓶の原わきて流るる泉川いつ見きとてか恋しかるらむ |
| みかのはら わきてながるる いずみがわ いつみきとてか こいしかるらん |
| カメから湧き出るように瓶の原を分けて流れる泉川。その名のようにいつ見たということでその人を溢れんばかりに恋しいのかな。 |
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| 0997 |
園原や伏屋に生ふる帚木のありとは見えて逢はぬ君かな |
| そのはらや ふせやにおうる ははきぎの ありとワみえて あわぬきみかな |
| 園原の小さな粗末な家に生えている帚木のように、確かにいるようだけど近づいて逢うことができないあなたです。 |
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| 0998 |
年を経て思ふ心のしるしにぞ空もたよりの風は吹きける |
| としをへて おもうこころの しるしにぞ そらもたよりの かぜワふきける |
| ずっとあなたを思い続けた心が報われたのでしょう、当てにならない空もよい便り風が吹きました。 |
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| 0999 |
年月はわが身に添えて過ぎぬれど思ふ心のゆかずもあるかな |
| としつきは わがみにそえて すぎぬれど おもうこころの ゆかずもあるかな |
| 年月は我が身と同じように過ぎましたが、思う心は思うように進展しないので晴れ晴れしないのですね。 |
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| 1000 |
もろともにあはれといはずは人しれぬ問わはず語りをわれのみやせむ |
| もろともに あわれといわずワ ひとしれぬ とわわずかたりを われのみやせん |
| あなたが私と同じく思っていると言わないと、あなたにも知られないまま他人が聞きもしないのに自分だけで語るのでしょうか。 |
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| 1001 |
人づてに知らせてしかな隠れ沼の水籠りにのみ恋ひやわたらむ |
| ひとづてに しらせてしかな かくれぬの みごもりにのみ こいやわたらん |
| 人づてに私の恋心をあの人に知らせたいなあ。隠れ沼が人に気付かれないように心の内にこのまま恋し続けるのでしょうか。 |
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| 1002 |
水籠りの沼の岩垣つつめどもいかなる隙に濡るる袂ぞ |
| みごもりの ぬまのいわがき つつめども いかなるひまに ぬるるたもとぞ |
| 隠れ沼の岩垣、それが堤となるように、人目を包み隠しても、どのような隙から涙がもれてこのように濡れる袂なんでしょうか。 |
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| 1003 |
唐衣袖に人目はつつめどもこぼるるものは涙なりけり |
| からごろも そでにひとめワ つつめども こぼるるものワ なみだなりけり |
| 唐衣の袖で人目は包み隠したけど、こぼれるものはあなた恋しさに流す涙でした。 |
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| 1004 |
天つ空豊の明りに見し人のなほ面影のしひて恋しき |
| あまつそら とよのあかりに みしひとの なおおもかげの しいてこいしき |
| 遥か彼方の遠い人なのでしょうか。宮中の豊明りの節会で見たあなたの面影が今もなお恋しくてなりません。 |
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| 1005 |
あらたまの年に任せて見るよりはわれこそ越えぬ逢坂の関 |
| あらたまの としにまかせて みるよりワ われこそこえぬ おおさかのせき |
| 新年をただじっとして迎えることをするよりは、私の方からあなたに会いに行く為に越えましょう逢坂の関を。 |
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| 1006 |
わが宿はそことも何か教ふべきいはでこそ見め尋ねけりやと |
| わがやどワ そこともなにか おしうべき いわでこそみめ たづねけりやと |
| 私の家はどこそこにありますとどうして教えましょうか。言わないで見ております、あなたが探したかどうかを。 |
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| 1007 |
わが思ひ空のけぶりとなりぬれば雲居ながらもなほ尋ねてむ |
| わがおもい そらのけむりと なりぬれば くもいながらも なおたづねてん |
| 私の思いは空の煙となりましたので、あなたが雲居にいてもなお探しましょう。 |
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| 1008 |
しるしなきけぶりを雲にまがえつつ夜を経て富士の山と燃えなむ |
| しるしなき けむりをくもに まがえつつ よをへてふじの やまともえなん |
| 効果のない恋の思いの煙を立ち昇らせ、、雲に紛れさせながら幾夜も富士の山のように燃えているのでしょう。 |
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| 1009 |
けぶり立つ思ひならねど人しれずわびては富士のねをのみぞ泣く |
| けむりたつ おもいならねど ひとしれず わびてはふじの ねをのみぞなく |
| 煙が立ち昇る思いの火ではないが、相手に知ってもらえず侘しくて富士の峰(ね)ならぬ音(ね)をたてて泣き伏しています。 |
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| 1010 |
風吹けば室の八島の夕けぶり心の空に立ちにけるかな |
| かぜふけば むろのやしまの ゆうけむり こころのそらに たちにけるかな |
| 風が吹くと下野の国の室の八島の夕煙のように、私の恋の思いの煙が心の空に立ち昇りましたよ。 |
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| 1011 |
白雲の峰にしもなど通ふらむおなじ三笠の山の麓を |
| しらくもの みねにしもなど かようらん おなじみかさの やまのふもとを |
| 白雲はよりによってどうして上官に通うのでしょうか。同じ官職の近衛の私がいるのに。 |
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| 1012 |
けふもまたかくや伊吹のさしもぐささらばわれのみ燃えやわたらむ |
| きょうもまた かくやいぶきの さしもぐさ さらばわれのみ もえやわたらん |
| あなたは今日もこの様にひどいことを言うのですか。それなら私だけが伊吹のさしも草のように恋の思ひで燃え続けるのでしょうか。 |
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| 1013 |
筑波山端山繁山しげけれど思ひ入るにはさはらざりけり |
| つくばやま はやましげやま しげけれど おもいいるにワ さわらざりけり |
| 常陸の国には、人里近い山、草木の繁った山など重なっていますが、分け入ろうと一途に思っている私には邪魔にならないですよ。 |
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| 1014 |
われならぬ人に心を筑波山したに通はむ道だにやなき |
| われならぬ ひとにこころを つくばやま したにかよわん みちだにやなき |
| 私以外の人に心を寄せいる筑波山のあなた、その山にこっそり通う道だけでもないものでしょうか。 |
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| 1015 |
人知れず思ふ心は足引きの山下水の湧きやかへらむ |
| ひとしれず おもうこころワ あしびきの やましたみずの わきやかえらん |
| 気付かれないままあなたのことを思っている私の心は、山のふもとを流れる水が湧きかえるかのように激しく高まっています。 |
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| 1016 |
にほふらむ霞の内の桜花思ひやりても惜しき春かな |
| におうらん かすみのうちの さくらばな おもいやりても おしきはるかな |
| 際立って美しく目に映るであろう霞の内の桜花。それを想像するにしても見られないので惜しまれる春です。 |
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| 1017 |
幾返り咲き散る花をながめつつ物思ひくらす春に逢ふらむ |
| いくかえり さきちるはなを ながめつつ ものおもいくらす はるにあうらん |
| 今までに何度咲いては散る花をじっと見つめては物思いに更ける日々を過ごした春を経験したでしょう。 |
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| 1018 |
奥山の峰飛び越ゆる初雁のはつかにだにも見でややみなむ |
| おくやまの みねとびこゆる はつかりの はつかにだにも みでややみなん |
| 奥山の峰を飛び越えて行く初雁のようにわずかにでも見たいのに見ないままに終わってしまうのでしょうか。 |
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| 1019 |
大空を渡る春日の影なれやよそにのみしてのどけかるらむ |
| おおぞらを わたるかすがの かげなれや よそにのみして のどけかるらん |
| あなたは大空を渡る春のおひさまだから宮中を留守にして里でのどかに過ごしているのですね |
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| 1020 |
春風の吹くにもまさる涙かなわが水上も氷解くらし |
| はるかぜの ふくにもまさる なみだかな わがみなかみも こおりとくらし |
| 春風が吹いているにしてもいつもより多く流れる涙です。私の涙川の水上の氷も解けるらしいです。 |
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| 1021 |
水の上に浮きたる鳥の跡もなくおぼつかなさを思ふ頃かな |
| みずのうえに うきたるとりの あともなく おぼつかなさを おもうころかな |
| 水の上に浮いている鳥の足跡が水面に残らないように、あなたからの便りがないことを気がかりに思う今日この頃です。 |
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| 1022 |
片岡の雪間に根ざす若草のほのかに見てし人ぞ恋しき |
| かたおかの ゆきまにねざす わかくさの ほのかにみてし ひとぞこいしき |
| 片岡の雪間に根をおろして芽生えた若草のわずかの緑、その様にわずかに見たあの人が恋しいことですよ。 |
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| 1023 |
跡をだに草のはつかに見てしかな結ぶばかりのほどならずとも |
| あとをだに くさのはつかに みてしかな むすぶばかりの ほどならずとも |
| 足跡をわずかに生えた草の上に見てみたいものです。その草を結ぶほどの関係ではなくてもね。 |
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| 1024 |
霜の上に跡ふみつくる浜千鳥ゆくへもなしと音をのみぞ鳴く |
| しものうえに あとふみつくる はまちどり ゆくへもなしと ねをのみぞなく |
| 霜の上を踏んで足跡をつける浜千鳥は行く先も分からず声をあげて泣いてます。返事も来ない私はどうしたらいいのでしょう。 |
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| 1025 |
秋萩の枝もとををにおく露のけさ消えぬとも色に出でめや |
| あきはぎの えだもとををに おくつゆの けさきえぬとも いろにいでめや |
| 秋萩の枝もたわわに置く露のように今朝命が絶えてしまっても恋心を顔に出してしまうのかなあ。 |
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| 1026 |
秋風に乱れてものは思へども萩の下葉の色は変らず |
| あきかぜに みだれてものワ おもえども はぎのしたばの いろワかわらず |
| 秋風に吹かれて萩の枝が乱れるように私の恋心も乱れていますが、萩の下葉の色が変わるよう顔に出したりしません。 |
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| 1027 |
わが恋も今は色にや出でなまし軒のしのぶももみぢしにけり |
| わがこいも いまワいろにや いでなまし のきのしのぶも もみじしにけり |
| 忍んできた私の恋心も今では顔に現れるようになってしまったようです。軒に生えている忍ぶ草も赤くなってしまいました。 |
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| 1028 |
いそのかみ布留の神杉古りぬれど色には出でず露も時雨も |
| いそのかみ ふるのかみすぎ ふりぬれど いろにワいでず つゆもしぐれも |
| 石上布留の神杉は年月と共に古木になりましたが紅葉することはありません。木々を紅葉させる露や時雨にあってでもです。 |
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| 1029 |
わが恋は真木の下葉に洩る時雨濡れるとも袖の色に出でめや |
| わがこいワ まきのしたばに もるしぐれ ぬれるともそでの いろにいでめや |
| 私の恋は、真木の下葉に洩れる時雨が葉を濡らしても紅葉しないように、私の袖も涙に濡れても決して色には出さないのです。 |
| ★ |
★ |
| 1030 |
わが恋は松を時雨の染めかねて真葛が原に風騒ぐなり |
| わがこいワ まつをしぐれの そめかねて まぐすがはらに かぜさわぐなり |
| 私の恋は時雨が松を紅葉させないように顔に表さないので、心が乱れて葛の葉が茂った原に風が吹きまくっているようなものです。 |
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| 1031 |
空蝉の鳴く音やよそにもりの露ほしあへぬ袖を人の問うふまで |
| うつせみの なくねやよそに もりのつゆ ほしあえぬそでを ひとのとうまで |
| 蝉の鳴くように泣く私の声はよそに漏れたのかな。森の露のような涙にぬれて干し切れない私の袖を人が尋ねるまでに。 |
| ★ |
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| 1032 |
思ひあれば袖に蛍をつつみてもいはばやものを問ふ人はなし |
| おもいあれば そでにほたるを つつみても いわばやものを とうひとワなし |
| 恋の思いの炎を袖に蛍を包んでも伝えたいのに、「どうしたの」とあの人は問うてもくれません。 |
| ★ |
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| 1033 |
思ひつつ経にける年のかひやなきただあらましの夕暮れの空 |
| おもいつつ へにけるとしの かいやなき ただあらましの ゆうぐれのそら |
| あの人を思いながら過ごしてきた年月も甲斐がないのでしょうか。ただ願っているだけで終わってしまいそうな夕暮れの空です。 |
| ★ |
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| 1034 |
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする |
| たまのおよ たえなばたえね ながらえば しのぶることの よわりもぞする |
| 私の命よ、絶えるなら絶えてしまえ。生き長らえていると忍んでいることが出来なくなり心が外に現れてしまうかもしれません。 |
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| 1035 |
忘れてはうち歎かるる夕べかなわれのみ知りて過ぐる月日を |
| わすれてワ うちなげかるる ゆうべかな われのみしりて すぐるつきひを |
| 忘れようとしては嘆いてしまう夕べです。私だけが知っている私の恋心と共に過ごしてきた月日を。 |
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| 1036 |
わが恋は知る人もなし堰く床の涙漏らすなつげのを枕 |
| わがこいワ しるひともなし せくとこの なみだもらすな つげのおまくら |
| 私の恋を知っている人もいません。堰き止めている床の涙を人に告げないでね、黄楊の枕よ。 |
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| 1037 |
忍ぶるに心の隙はなけれどもなほ洩ものは涙なりけり |
| しのぶるに こころのひまワ なけれども なおもるものワ なみだなりけり |
| 恋心を忍んでいることに心は油断なく気を配っているけれど、それでも漏れるのは私の涙でした。 |
| ★ |
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| 1038 |
つらけれど恨みむとはた思ほえずなほゆく先を頼む心に |
| つらけれど うらみんとはた おもおえず なおゆくさきを たのむこころに |
| あなたの冷たさに恨みを持ったりとは思ったりできません。いずれはこの恋も成就するだろうと期待しているので。 |
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| 1039 |
雨こそは頼まば洩らめ頼まずは思はぬ人と見てをやみなむ |
| あめこそワ たのまばもらめ たのまずワ おもわぬひとと みてをやみなん |
| 雨は期待すれば漏れることもあるでしょう。期待してくださらなかったら私のことを思ってない人とみて終わってしまうでしょう。 |
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| 1040 |
風吹けばとはに波越す磯なれやわが衣手の乾く時なき |
| かぜふけば とわになみこす いそなれや わがころもでの かわくときなき |
| 風が吹けばいつでも波が越えてくる磯なんでしょうか。私の袖は涙で乾く時がありません。 |
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| 1041 |
須磨の海人の波懸け衣よそにのみ聞くはわが身になりにけるかな |
| すまのあまの なみかけころも よそにのみ きくワわがみに なりにけるかな |
| 須磨の海人の波に濡れた衣を我が身には関係ないものとして聞いていたが、自分のことになってしまいました。 |
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| 1042 |
沼ごとに袖ぞ濡れぬるあやめ草心に似たる根を求むとて |
| ぬまごとに そでぞぬれぬる あやめぐさ こころににたる ねをもとむとて |
| どの沼でも袖が濡れてしまいました。長い恋心に似たあやめ草の根を探し求める際に。 |
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| 1043 |
ほととぎすいつかと待ちしあやめ草けふはいかなる音にか鳴くべき |
| ほととぎす いつかとまちし あやめぐさ きょうワいかなる ねにかなくべき |
| ほととぎすは5月5日がいつ来るかと待っていました。あやめの根をかける今日はどのように声で鳴けばいいのでしょう。 |
| ★ |
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| 1044 |
さみだれは空おぼれするほととぎす時に鳴く音は人も咎めず |
| さみだれワ そらおぼれする ほととぎす ときになくねワ ひともとがめず |
| さみだれが降っている時にとぼけて鳴くほととぎすが、鳴くべき時に鳴く声は誰も咎めないでしょう。 |
| ★ |
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| 1045 |
ほととぎす声をば聞けど花の枝にまだ踏みなれぬものをこそ思へ |
| ほととぎす こえをばきけど はなのえに まだふみなれぬ ものをこそおもえ |
| ほととぎすの声を聞きましたが、花の枝を踏み馴れていないので思い悩んでいます。 |
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| 1046 |
ほととぎす忍ぶるものを柏木のもりても声の聞えけるかな |
| ほととぎす しのぶるものを かしわぎの もりてもこえの きこえけるかな |
| ほととぎすは忍んで鳴いていたのに柏木の森の外に声が漏れてあなたに聞かれてしまったのですね。 |
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| 1047 |
心のみ空になりつつほととぎす人頼めなる音こそ泣かるれ |
| こころのみ そらになりつつ ほととぎす ひとたのめなる ねこそなかるれ |
| 心がうわの空になっています。ほととぎすの期待を抱かせる声を聞くと泣き出してしまって。 |
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| 1048 |
み熊野の浦よりをちに漕ぐ舟のわれをばよそに隔てつるかな |
| みくまのの うらよりおちに こぐふねの われをばよそに へだてつるかな |
| 熊野の浦より遠くに漕いでいく舟のように、私を直接関係のないものとして隔ててしまったのですね。 |
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| 1049 |
難波潟みじかき蘆のふしのまも逢はでこの世を過ぐしてよとか |
| なにわがた みじかきはしの ふしのまも あわでこのよを すぐしてよとか |
| 難波潟の葦のあのように短い節と節の間のようなしばしの間も逢わないでこの世を終えてしまいなさいと言うのですか。 |
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| 1050 |
み狩りする狩場の小野のなら柴のなれはまさらで恋ぞまされる |
| みかりする かりばのおのの ならしばの なれワまさらで こいぞまされる |
| 御君が狩りをなさる狩場の野原の楢柴のように馴れて心が離れたりしないで益々恋心が増していきます。 |
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| 1051 |
有度浜のうとくのみやは世をば経む波のよるよる逢ひ見てしかな |
| うどはまの うとくのみやワ よをばへん なみのよるよる あいみてしかな |
| 有度浜ではないですが、疎遠の身のままで世を過ごしたくありません。浜辺に波が寄るように夜な夜な逢いたいものです。 |
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| 1052 |
東路の道のはてなる常陸帯のかことばかりも逢はむとぞ思ふ |
| あずまじの みちのはてなる ひたちおびの かことばかりも あわんとぞおもう |
| 東海道の果てにある常陸国の鹿島での神事で使われるかこではないがかこつけても逢いたいと思ってます。 |
| ★ |
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| 1053 |
濁り江のすまむことこそ難からめいかでほのかに影を見せまし |
| にごりえの すまんことこそ かたからめ いかでほのかに かげをみせまし |
| 濁った江が澄むのが難しいように一緒に住むことは難しいでしょうがなんとかして少しでもお姿をお見せください。 |
| ★ |
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| 1054 |
時雨降る冬の木の葉のかわかずぞ物思ふ人の袖はありける |
| しぐれふる ふゆのこのはの かわかずぞ ものおもうひとの そでワありける |
| 時雨が降るそそぐ冬の木の葉は乾く間がありません。その様に恋にもの思う私の袖は涙で濡れて乾く間がありません。 |
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| 1055 |
ありとのみ音に聞きつつ音羽川渡らば袖に影も見えなむ |
| ありとのみ おとにききつつ おとわがわ わたらばそでに かげもみえなん |
| 私のことをいるとうわさに聞きながら渡って来られないあなたが、もし渡ったならば濡れた袖に私の姿が見えることでしょう。 |
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| 1056 |
水茎の丘の木の葉を吹き返したれかは君を恋ひむと思ひし |
| みずくきの おかのこのはを ふきかえし たれかワきみを こいんとおもいし |
| 水茎の岡の木の葉を吹き返すように手紙を返しておいて、誰が諦めたあなたをまた恋すると思ったのでしょう。 |
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| 1057 |
わが袖に跡ふみつけよ浜千鳥逢ふことかたし見ても偲ばむ |
| わがそでに あとふみつけよ はまちどり おうことかたし みてもしのばん |
| わが袖に足跡を踏みつけておくれ浜千鳥よ。文をつけてくれたら逢うことは難しいのでそれを見ながら偲ぶことにしましょう。 |
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| 1058 |
冬の夜の涙にこほるわが袖の心とけずも見ゆる君かな |
| ふゆのよの なみだにこおる わがそでの こころとけずも みゆるきみかな |
| 冬の夜に、涙で凍り付いた私の袖のように、心も打ち解けないように感じられるあなたですね。 |
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| 1059 |
霜氷心もとけぬ冬の池に夜ふけてぞ鳴くをしの一声 |
| しもごおり こころもとけぬ ふゆのいけに よふけてぞなく おしのひとこえ |
| 霜が置き氷が張って解けず、心も打ち解けない時に冬の池で夜更けて鳴く鴛鴦の一声。 |
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| 1060 |
涙川身も浮くばかり流るれど消えぬは人の思ひなりけり |
| なみだがわ みもうくばかり ながるれど きえぬワひとの おもいなりけり |
| 涙の川は我が身も浮くほど流れてますが、涙の水で消えないのは思ひという火だったのです。 |
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| 1061 |
いかにせむ久米路の橋の中空に渡しもはてぬ身とやなりなむ |
| いかにせん くめじのはしの なかぞらに わたしもはてぬ みとやなりなん |
| どうしたらいいでしょうか。久米路の橋が途絶えてしまったように私もこの恋は実らず中途半端な身となってしまうのでしょうか。 |
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| 1062 |
たれぞこの三輪の檜原も知らなくに心の杉のわれを尋ぬる |
| たれぞこの みわのひばらも しらなくに こころのすぎの われをたずぬる |
| 誰でしょう、この杉の実をよこしたのは。私は三輪の檜原も知りませんのに、訪れを待っているあなたの心の中の杉が私を尋ねて来たのですね。 |
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| 1063 |
わが恋はいはぬばかりぞ難波なる蘆のしの屋の下にこそ焚け |
| わがこいワ いわぬばかりぞ なにわなる あしのしのやの したにこそたけ |
| 私の恋は誰にも言わないだけです。難波の葦葺きの小屋の下で焚く火のように心は充満して燃えてます。 |
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| 1064 |
わが恋は荒磯の海の風をいたみしきりに寄する波のまもなし |
| わがこいワ あらいそのうみの かぜをいたみ しきりによする なみのまもなし |
| 私の恋は荒磯の海に吹く風が強いので頻りに寄せる波のように絶え間なく激しく揺れ動き思い悩んでいます。 |
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| 1065 |
須磨の浦に海人の樵り積む藻塩木のからくも下に燃えわたるかな |
| すまのうらに あまのこりつむ もしおぎの からくもしたに もえわたるかな |
| 須磨の浦に海人が伐って積んだ藻塩木が燃えるように、辛くも懲りつつもあなたのことを心の中で燃え続けています。 |
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| 1066 |
あるかひも渚に寄する白波のまなく物思ふわが身なりけり |
| あるかいも なぎさによする しらなみの まなくものおもう わがみなりけり |
| 生きている甲斐もなく、貝もない渚に絶え間なく寄せる白波のように、心休まらず恋に物思う我が身です。 |
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| 1067 |
足引の山したたぎつ岩波の心くだけて人ぞ恋しき |
| あしびきの やましたたぎつ いわなみの こころくだけて ひとぞこいしき |
| 山の麓を激しい勢いで流れる水が岩で裂けるように私の心も砕けてあの人が恋しいです。 |
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| 1068 |
足引の山したしげき夏草の深くも君を思ふ頃かな |
| あしびきの やましたしげき なつくさの ふかくもきみを おもうころかな |
| 山の麓に生い茂る夏草のように深くあなたのことを思うこの頃です。 |
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| 1069 |
牡鹿臥す夏野の草の道をなみしげき恋路にまどふ頃かな |
| おじかふす なつののくさの みちをなみ しげきこいじに まどうころかな |
| 牡鹿が臥している夏の野原の草が生い茂っているので道が分からなくなってるので迷うように絶え間のない恋路に心が色々と迷うこの頃です。 |
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| 1070 |
蚊遣火のさ夜ふけがたの下こがれ苦しやわが身人しれずのみ |
| かやりびの さよふけがたの したこがれ くるしやわがみ ひとしれずのみ |
| 蚊遣火が夜中にいぶっているように苦しいことですあの人に知られないで恋に思い悩んでいるのは。 |
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由良の門を渡る舟人梶を絶えゆくへも知らぬ恋の道かな |
| ゆらのとを わたるふなびと かじをたえ ゆくえもしらぬ こいのみちかな |
| 由良の門を漕いで渡る舟人が梶を失って、何処へどの様に行ってよいか分からないように、どうしてよいか分からない私の恋の路です。 |
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追風に八重の潮路をゆく舟のほのかにだにも逢ひ見てしかな |
| おいかぜに やえのしおじを ゆくふねの ほのかにだにも あいみてしかな |
| 追い風を受けて幾重にも波立つ海路を行く舟の帆がほのかに見えるようにほのかにでもあの人に逢いたいものです。 |
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梶を絶え由良の湊に寄る舟のたよりも知らぬ沖つ潮風 |
| かじをたえ ゆらのみなとに よるふねの たよりもしらぬ おきつしおかぜ |
| 梶を失ってしまって由良の湊に寄りたいのですがその方法も分からず沖の潮風に漂っています。 |
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しるべせよ跡なき波に漕ぐ舟のゆくへも知らぬ八重の潮風 |
| しるべせよ あとなきなみに こぐふねの ゆくえもしらぬ やえのしおかぜ |
| 道を標してほしい。航路も消えて跡も残らない波の上で漕ぐ舟はどちらに行ってよいか分からないのです、幾つもの潮路に吹く風よ。 |
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紀ノ国や由良の岬に拾ふてふたまさかにだに逢ひ見てしかな |
| きのくにや ゆらのみさきに ひろうちょう たまさかにだに あいみてしかな |
| 紀伊の国の由良の岬で拾うという珠、その珠ではないがたまにでもあなたに逢いたいものです。 |
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つれもなき人の心のうきにはう蘆の下根の音をこそは泣け |
| つれもなき ひとのこころの うきにはう あしのしたねの ねをこそワなけ |
| つれないあの人の心の辛さに、沼地に生える蘆の下に伸びている根のように心の中で泣き声をあげています。 |
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難波人いかなる江にか朽ちはてむ逢ふことなみに身をつくしつつ |
| なにわびと いかなるえにか くちはてん あうことなみに みをつくしつつ |
| 難波の海人はどのような縁で一生を終えるのかな。恋しい人と逢うことも無く、波に翻弄されて朽ち果てる澪標のように身をすりへらして。 |
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海人の刈るみるめを波にまがへつつ名草の浜を尋ねわびぬる |
| あまのかる みるめをなみに まがえつつ なぐさのはまを たずねわびぬる |
| 恋しい人を見る機会を逃して、その名も分からないので尋ねあぐねています。 |
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逢ふまでのみるめ刈るべき潟ぞなきまだ波馴れぬ磯のあま人 |
| あうまでの みるめかるべき かたぞなき まだなみなれぬ いそのあまびと |
| 恋に馴れていないので、恋しい人に逢うすべもありません。 |
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みるめ刈る潟やいづくぞ棹さしてわれに教えよ海人の釣船 |
| みるめかる かたやいづくぞ さおさして われにおしえよ あまのつりぶね |
| 恋しい人にどうやったら逢えるのか教えて欲しい、仲立ちの君よ。 |
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