| 和歌番号 |
和歌 |
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| 0001 |
み吉野は山も霞て白雪のふりにし里に春は来にけり |
| みよしのワ やまもかすみて しらゆきの ふりにしさとに はるワきにけり |
| 春が来た、春が来た。山にも里にも春がやってきた。 |
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| 0002 |
ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山霞たなびく |
| ほのぼのと はるこそ そらにきにけらし あまのかぐやま かすみたなびく |
| 天の香具山の頂は春らしい空模様になってるなあ。 |
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| 0003 |
山深み春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水 |
| やまふかみ はるともしらぬ まつのとに たえだえかかる ゆきのたまみず |
| まだまだ冬だと思っていると、ポタリ、ポタリと落ちる雪解け水がもう春ですよと教えています。 |
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| 0004 |
かきくらしなほふるさとの雪のうちに跡こそ見栄ね春は来にけり |
| かきくらし なおふるさとの ゆきのうちに あとこそみえね はるワきにけり |
| 灰色の空に雪が春の兆しを吹き散らしても、それでも春は来てるのですよ。 |
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| 0005 |
けふといへばもろこしまでもゆく春を都にのみと思ひけるかな |
| きょうといえば もろこしまでも ゆくはるを みやこにのみと おもいけるかな |
| 今日は立春なので、東の和の国から西の唐の国へと行く春を 京にとどめおきたいと思ってしまいますよ。 |
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| 0006 |
春といへば霞にけりな昨日まで波間に見えし淡路島山 |
| はるといえば かすみにけりな きのうまで なみまにみえし あわじしまやま |
| 今日は立春なので、かすんでしまったなあ。冬の間は波の間から淡路島が良く見えたのに。 |
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| 0007 |
岩間とぢし氷も今朝はとけそめて苔のした水道求むらむ |
| いわまとじし こおりもけさは とけそめて こけのしたみず みちもとむらん |
| 閉じ込められている間はじっとして要るしかなかったけど、いざ開放されたら何処へ行ったらよいのやら。 |
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| 0008 |
風まぜに雪は降りつつしかすがに霞たなびき春は来にけり |
| かぜまぜに ゆきはふりつつ しかすがに かすみたなびき はるワきにけり |
| 風にまじって雪が降っている。そうはいうものの霞がたなびき春はやってきたわ。 |
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| 0009 |
時は今は春になりぬとみ雪降る遠き山辺に霞たなびく |
| ときワいまワ はるになりぬと みゆきふる とおきやまべに かすみたなびく |
| 時候は今、春になったよと雪が降っている遠い山に霞がたなびいている。 |
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| 0010 |
春日野の下もえわたる草の上につれなく見ゆる春の淡雪 |
| かすがのの したもえわたる くさのうえに つれなくみゆる はるのあわゆき |
春日野に地中から少し伸びて青ばんでいる草の上に、すぐに解けてしまいそうな春の雪がそ知らぬ顔をしてるようだ。
人知れず思い焦がれているが、知らん振りされているようだ。 |
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| 0011 |
あすからは若菜摘まむとしめし野にきのふもけふも雪はふりつつ |
| あすからワ わかなつまんと しめしのに きのうもきょうも ゆきワふりつつ |
| 明日からは、若菜を摘もうと縄を張って標しをつけておいた野に昨日も今日も雪は降り続いている。 |
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| 0012 |
春日野の草はみどりになりにけり若菜摘まむとたれかしめけむ |
| かすがのの くさワみどりに なりにけり わかなつまんと たれかしめけん |
| 春日野の野はすっかり緑になっている。若菜を摘もうと誰が印をつけたのかなあ。 |
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| 0013 |
若菜摘む袖とぞ見ゆる春日野の飛火の野辺の雪のむら消え |
| わかなつむ そでとぞみゆる かすがのの とぶひののべの ゆきのむらきえ |
| 春日野の飛火野のあたりの雪がムラになって消え残っているのは若菜を摘む人の袖のように見えるよ。 |
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| 0014 |
ゆきて見ぬ人もしのべと春の野のかたみに摘める若葉なりけり |
| ゆきてみぬ ひともしのべと はるののの かたみにつめる わかばなりけり |
| 野にやって来て見ていない人にも思いやって、春の野を思い出すものとしてカゴに摘める若葉です。 |
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| 0015 |
沢に生ふる若葉ならねどいたづらに年をつむにも袖は濡れけり |
| さわにおうる わかばならねど いたづらに としをつむにも そでワぬれけり |
| 沢に生えている若葉を摘むのではないが、かまってくれる人もなく歳を老いるにつけ袖は沢の水ならぬ涙でぬれることよ。 |
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| 0016 |
さざ波や滋賀の浜松ふりにけりたが代に引ける子の日なるらむ |
| さざなみや しがのはままつ ふりにけり たがよにひける ねのひなるらん |
| 滋賀の浜辺の松は老木となってしまったなあ。いつの御代に引いた子の日の松が根付いたものなんだろう。 |
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| 0017 |
谷川のうち出づる波も声立てつ鶯さそへ春の山風 |
| たにがわの うちいづるなみも こえたてつ うぐいすさそえ はるのやまかぜ |
| 谷川の氷も割れてきて打ち出る波も春らしい声だ。山風よその春が来たと鶯に伝えておくれ。 |
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| 0018 |
鶯の鳴けどもいまだ降る雪に杉の葉白き逢坂の山 |
| うぐいすの なけどもいまだ ふるゆきに すぎのはしろき おおさかのやま |
| 鶯は鳴いているけど、まだ降っている雪のために緑の杉の葉が白くなっている逢坂の山よ。 |
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| 0019 |
春来ては花とも見よ片岡の松の上葉に淡雪ぞ降る |
| はるきてワ はなともみよ かたおかの まつのうわばに あわゆきぞふる |
| もう春が来たんだから、花として見ようよ。片岡の松の上葉にやわらかで消えやすい雪ががふっている。 |
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| 0020 |
巻向の檜原のいまだ曇らねば小松が原に淡雪ぞ降る |
| まきもくの ひばらのいまだ くもらねば こまつがはらに あわゆきぞふる |
| 遠くの巻向の檜が生えている原はまだ曇ってないけど近くの小松が生えている原では淡雪が降っている。 |
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| 0021 |
今さらに雪降らめやもかげろふのもゆる春日になりにしものを |
| いまさらに ゆきふらめやも かげろふの もゆるはるひに なりにしものを |
| 陽炎のもえる春の日になったのだから、今更雪が降ったりしないでしょう。 |
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| 0022 |
いづれをか花とはわかむ古里の春日の原にまだ消えぬ雪 |
| いづれをか はなとワわかむ ふるさとの かすがのはらに まだきえぬゆき |
| 古都の春日の原にまだ消えないで残っている雪だけど、どれを白梅の花、どれを雪と見分けましょうか。 |
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| 0023 |
空はなほ霞もやらず風さえて雪げに曇る春の夜の月 |
| そらワなお かすみもやらず かぜさえて ゆきげにくもる はるのよのつき |
| 空はまだすっかり霞んでなくて、風は冷たくふいている。雪が降りそうな雲行きの春の夜の月です。 |
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| 0024 |
山深みなほ影寒し春の月空かき曇り雪は降りつつ |
| やまふかみ なおかげさむし はるのつき そらかきくもり ゆきワふりつつ |
| 山々に囲まれてるので、まだまだ澄み切った寒々しい春の月のひかり。見ている間にも空は曇り始めまた雪がふっているよ。 |
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| 0025 |
三島江や霜もまだひぬ葦の葉に角ぐむほどの春風ぞ吹く |
| みしまえや しももまだひぬ あしのはに かどぐむほどの はるかぜぞふく |
| 三島江に、霜もまだ乾かない葦の葉に芽が出てくるのかなと思わせるような春の風がふいている。 |
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| 0026 |
夕月夜潮みちくらし難波江の葦の若葉に越ゆる白波 |
| ゆうづきよ しおみちくらし なにわえの あしのわかばに こゆるしらなみ |
| 夕方の空に上弦の月が見えているので潮が満ちて来ているようだ。なにわえの葦の若葉に白波が超えてくる。 |
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| 0027 |
降りつみし高嶺のみ雪とけにけり清滝川の水の白波 |
| ふりつみし たかねのみゆき とけにけり きよたきがわの みずのしらなみ |
| 深く降り積もっていた高嶺の雪がとけてしまったのだな。清滝川の水が増量して白波を立てて流れている。 |
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| 0028 |
梅が枝にものうきほどに散る雪を花ともいはじ春の名だてに |
| うめがえに ものうきほどに ちるゆきを はなともいわじ はるのなだてに |
| 梅の枝にうんざりするくらい降る雪を花のようだとは言いたくない。春と言うイメージの為にも。 |
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| 0029 |
あづさ弓はる山ちかく家居してたえず聞きつる鶯の声 |
| あづさゆみ はるやまちかく いえいして たえずききつる うぐいすのこえ |
| 山の近くに住んでいるので春になると鶯の声を始終聞いているよ。 |
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| 0030 |
梅が枝に鳴きてうつろふ鶯の羽白たへに淡雪ぞふる |
| うめがえに なきてうつろう うぐいすの はねしろたえに あわゆきぞふる |
| 梅の枝に鳴きながら飛び移っていく鶯の羽にも白くして淡雪が降っている。 |
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| 0031 |
鶯の涙のつららうちとけて古巣ながらや春を知るらむ |
| うぐいすの なみだのつらら うちとけて ふるすながらや はるをしるらん |
| 凍っていた鶯の涙もとけてきて、古巣にいるが春がやって来たと分かったようだ。 |
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| 0032 |
岩そそく垂水の上のさわらびの萌えいづる春になりにけるかな |
| いわそそぐ たるみのうえの さわらびの もえいずるはるに なりにけるかな |
| 岩に打ち当りながら流れ落ちる滝のそばの蕨が萌え出している春になりました。 |
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| 0033 |
天の原富士のけぶりの春の色の霞になびくあけぼのの空 |
| あまのはら ふじのけむりの はるのいろの かすみにたなびく あけぼののそら |
| 曙の空に富士から立ち昇る煙が春の色の浅緑の霞となってたなびいている。 |
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| 0034 |
朝霞深く見ゆるやけぶり立つ室の八島のわたりなるらむ |
| あさがすみ ふかくみゆるや けむりたつ むろのやしまの わたりなるらん |
| 朝霞が深く立ち込めているように見えるのは水分が煙のように立ち昇る下野の国の室の八島のあたりでしょうか。 |
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| 0035 |
なごの海の霞のまよりながむれば入る日を洗ふ沖つ白波 |
| なごのうみの かすみのまより ながむれば いるひをあらう おきつしらなみ |
| 摂津のなごの海の霞の間より眺めると、沈もうとしている陽を沖の白波が洗っているよ。 |
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| 0036 |
見わたせば山本かすむ水無瀬川ゆふべは秋と何思ひけむ |
| みわたせば やまもとかすむ みなせがわ ゆうべはあきと なにおもいけん |
| 見わたすと山の麓は霞んで水無瀬川が流れている。「秋は夕暮れ(清少納言)」に夕暮れの趣は秋に限ると思い込んでいたなあ。 |
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| 0037 |
霞立つ末の松山ほのぼのと波に離るる横雲の空 |
| かすみたつ すえのまつやま ほのぼのと なみにはなるる よこぐものそら |
| 霞がたなびく末の松山がぼんやりと見え、ぼんやりとした水平線から横雲がはなれていく。 |
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| 0038 |
春の夜の夢の浮橋とだえして峰に別るる横雲の空 |
| はるのよの ゆめのうきはし とだえして みねにわかるる よこぐものそら |
| 春の夜に不安定な橋のような夢がとだえて、峰に横雲がが別れてゆく曙の空。 |
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| 0039 |
知るらめや霞の空を眺めつつ花もにほはぬ春を嘆くと |
| しるらめや かすみのそらを ながめつつ はなもにおわぬ はるをなげくと |
| 梅の花さん、聞こえますか。霞んでいる空を眺めながら あなたが匂わない春を嘆いているのを。 |
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| 0040 |
大空は梅のにほひに霞つつ曇りもはてぬ春の夜の月 |
| おおぞらワ うめのにおいに かすみつつ くもりもはてぬ はるのよのつき |
| 大空は梅香にあふれて霞んでいるが、曇りきってもいなくて春の夜に朧月が出ている。 |
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| 0041 |
折られけりくれなゐにほふ梅の花けさ白たへに雪は降れれど |
| おられけり くれないにおう うめのはな けさしろたえに ゆきワふれれど |
| 雪中の白梅は折りにくいけど、折れたよ、紅色の梅の花を、雪は降ってるんだけど…。 |
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| 0042 |
あるじをばたれとも分かず春はただ垣根の梅を尋ねてぞ見る |
| あるじをば だれともわかず はるはただ かきねのうめを たずねてぞみる |
| 貴賎を問わず誰のところへも春はやってくるよ。春になればただ垣根に咲いている梅を見に行ってみよう。 |
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| 0043 |
心あらば問はましものを梅が香にたが里よりかにほひ来つらむ |
| こころあらば とわましものを うめがかに たがさとよりか においきつらん |
| 梅に聞けるものなら聞いてみたいものです。いったいどなたが住んでいる所から香りを運んで来たのでしょう。 |
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| 0044 |
梅の花にほひをうつす袖の上に軒もる月の影ぞあらそふ |
| うめのはな においをうつす そでのうえに のきもるつきの かげぞあらそう |
| 私の袖の上で、梅の香りと、軒からもれる月の光が競い合ってます。 |
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| 0045 |
梅が香に昔を問へば春の月答へぬ影ぞ袖にうつれる |
| うめがかに むかしをとえば はるのつき こたえぬかげぞ そでにうつれる |
| 梅の香りに誘われて懐かしいこと思い出しても春の月はただ黙って涙に濡れた袖を照らしてます |
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| 0046 |
梅の花たが袖ふれしにほひぞと春や昔の月に問はばや |
| うめのはな たがそでふれし においぞと はるやむかしの つきにとわばや |
| この梅の花の香りは、誰の袖が触れて、その移り香がしみついたのかな、ずっと変わらず照らし続けている春の月に尋ねたいものです。 |
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| 0047 |
梅の花あかぬ色香も昔にておなじ形見の春の夜の月 |
| うめのはな あかぬいろかも むかしにて おなじかたみの はるのよのつき |
| 梅の花も月の明かりも昔のままで、いくら眺めてもかいでも飽きることなく、また春の月も同じですね。 |
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| 0048 |
見ぬ人によそへて見つる梅の花散りなむのちのなぐさめぞなき |
| みぬひとに よそえてみつる うめのはな ちりなんのちの なぐさめぞなき |
| 最近お会いしない人になぞらえて見続けていた梅の花。その梅の花が散った後はなぐさめとするものがありません。 |
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| 0049 |
春ごとに心をしむる花の枝にたがなほざりの袖かふれつる |
| はるごとに こころをしむる はなのえに たがなおざりの そでかふれつる |
| 春が来るたびに深く感じる梅の枝に誰がいいかげんな袖をふれて、移り香を染み込ませたのでしょう。 |
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| 0050 |
梅散らす風も越えてや吹きつらむかをれる雪の袖に乱るる |
| うめちらす かぜもこえてや ふきつらん かおれるゆきの そでにみだるる |
| 梅を散らす風が頭上を越えて吹き抜けたのかな。香れる雪が袖に乱れ落ちるよ。 |
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| 0051 |
尋め来かし梅盛りなるわが宿をうときも人は折りにこそよれ |
| とめこかし うめさかりなる わがやどを うときもひとは おりにこそよれ |
| 梅も盛りの今の季節のおりに、ご無沙汰してる人も梅を折りに尋ねてきてください。 |
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| 0052 |
ながめつるけふは昔になりぬとも軒端の梅はわれを忘るな |
| ながめつる きょうワむかしに なりぬれど のきばのうめワ われをわするな |
| あれこれ考えながら眺めている今日が昔のことになっても軒先近くに咲いている梅は私のことをずっと忘れないでね。 |
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| 0053 |
散りぬればにほひばかりを梅の花ありとや袖に春風の吹く |
| ちりぬれば においばかりを うめのはな ありとやそでに はるかぜのふく |
| もう梅の花は散ってしまって匂いだけが袖に残っているけど、まだ咲いていると勘違いして袖に春風が吹いているよ。 |
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| 0054 |
ひとりのみながめて散りぬ梅の花知るばかりなる人は問ひ来ず |
| ひとりのみ ながめてちりぬ うめのはな しるばかりなる ひとワといこず |
| 一人でじっと物思いにふけりながら梅の花を見ていたら散ってしまいました。趣を理解してくれる人は誰も来なかったんです。 |
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| 0055 |
照りもせず曇りはてぬ春の夜のおぼろ月夜にしくものぞなき |
| てりもせず くもりもはてぬ はるのよの おぼろつきよに しくものぞなき |
| 煌々と照っているでもなく、さりとて曇ってしまっているでもない春の夜のおぼろ月に勝るものはないです。 |
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| 0056 |
あさみどり花もひとつに霞つつおぼろに見ゆる春の夜の月 |
| あさみどり はなもひとつに かすみつつ おぼろにみゆる はるのよのつき |
| 秋の月も良いけれど、浅緑色の霞と花も一つになって、霞んでおぼろに見える春の夜の月も良いもんです。 |
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| 0057 |
難波潟霞まぬ波も霞けりうつるも曇るおぼろ月夜に |
| なにわがた かすまぬなみも かすみけり うつるもくもる おぼろつきよに |
| 難波潟では、霞むことのない波も霞んでいます。波にうつっても霞んで見えるおぼろ月夜のために。 |
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| 0058 |
今はとてたのむの雁もうちわびぬおぼろ月夜のあけぼのの空 |
| いまワとて たのむのかりも うちわびぬ おぼろづきよの あけぼののそら |
| 今は帰る時が来たと、田の面の雁も とっても侘しく思って鳴いています。朧月夜の見える曙の空に。 |
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| 0059 |
聞く人ぞ涙は落つる帰る雁鳴きてゆくなるあけぼのの空 |
| きくひとぞ なみだはおつる かえるかり なきてゆくなる あけぼののそら |
| 曙の空を鳴きながら北へ帰っていく雁の、その声を聞く人のほうが涙をこぼしてしまいます。 |
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| 0060 |
古里に帰る雁がねさ夜ふけて雲路にまよふ声聞こゆなり |
| ふるさとに かえるかりがね さよふけて くもじにまよう こえきこゆなり |
| 故郷の北国に帰る雁の鳴き音は、夜更けに雲の中の道に迷って鳴いているんでしょうか聞こえてきますよ。 |
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| 0061 |
忘するなよたのむの沢を立つ雁も稲葉の風の秋の夕暮れ |
| わするなよ たのむのさわを たつかりも いなばのかぜの あきのゆうぐれ |
| わすれないでね、田の面の沢を飛び立って北国に帰る雁も稲葉に風がふいている秋の夕暮れのことを。頼むよ。 |
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| 0062 |
帰る雁今はの心有明に月と花との名こそ惜しけれ |
| かえるかり いまワのこころ ありあけに つきとはなとの なこそおしけれ |
| 北に帰る雁が今旅だちの時という気持ちだけど、それを止められない有明の月も花もその評判が落ちるのが惜しいよ。 |
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| 0063 |
霜まよふ空にしをれし雁がねの帰るつばさに春雨ぞ降る |
| しもまよう そらにしおれし かりがねの かえるつばさに はるさめぞふる |
| 霜がたくさんおりている雲路に羽のしおれた雁が北国に帰っていくが、その羽に春雨がふっているよ。 |
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★ |
| 0064 |
つくづくと春の眺めのさびしきはしのぶに伝う軒の玉水 |
| つくづくと はるのながめの さびしきワ しのぶにつたう のきのたまみず |
| ぼんやりと春の長雨を見ているとさびしく思うのは、軒端につたう忍草をつたって雨のしずくの玉が滴り落ちるのを眺めていることだ。 |
| ★ |
★ |
| 0065 |
水の面にあや織りみだる春雨や山のみどりをなべて染むらむ |
| みずのおもに あやおりみだる はるさめや やまのみどりを なべてそむらん |
| 池の水面にあや織りを一面に織り成している春雨が山の緑を一面にさらに美しく染めている。 |
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| 0066 |
ときはなる山の岩根にむす苔の染めぬみどりに春雨ぞ降る |
| ときわなる やまのいわねに むすこけの そめぬみどりに はるさめぞふる |
| ずっと変わらない山のずっとある岩にむす苔の緑は自分が染めていると言わんばかりに春雨が降っている。 |
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| 0067 |
雨降れば小田のますらをいとまあれや苗代水を空にまかせて |
| あめふれば おだのますらお いとまあれや なえしろみずを そらにまかせて |
| 雨が降っているので苗代に水をやるのを空に撒かせて任せている農夫は暇なんだろうか。 |
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| 0068 |
春雨の降りそめしより青柳の糸のみどりぞ色まさりける |
| はるさめの ふりそめしより あおやぎの いとのみどりぞ いろまさりける |
| 春雨が降り始めてから雨に染められて青柳の緑がますます色濃くなってきた。 |
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| 0069 |
うちなびき春は来にけり青柳の陰踏む道に人のやすらふ |
| うちなびき はるワきにけり あおやぎの かげふむみちに ひとのやすらう |
| 春がやってきた。青柳がつくる葉陰のしたを行き来する道に人が座って休んでいる。 |
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| 0070 |
み吉野の大川の辺の古柳蔭こそ見えね春めきにけり |
| みよしのの おおかわのへの ふるやなぎ かげこそみえね はるめきにけり |
| 吉野の大川のほとりの古木の柳の葉はまだ陰をつくるほどではないけれど芽吹いてるので春になって来ているのだな。 |
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| 0071 |
あらし吹く岸の柳の稲筵おりしく波にまかせてぞ見る |
| あらしふく きしのやなぎの いなむしろ おりしくなみに まかせてぞみる |
| 強風に岸辺の柳の葉が川面に浸かってる様が、稲筵のように織られて敷いたよう。寄せては返す波にまかせたままを見るよ。 |
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| 0072 |
高瀬さす六田の淀の柳原みどりも深く霞む春かな |
| たかせさす むつたのよどの やなぎはら みどりもふかく かすむはるかな |
| 浅瀬に舟が棹をさしてるよ。その六田の淀の柳原は、緑も深くなってきたし、深く霞んでいる春だな。 |
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| 0073 |
春風の霞吹きとく絶えまより乱れてなびく青柳の糸 |
| はるかぜの かすみふきとく たえまより みだれてなびく あおやぎのいと |
| 春風が吹いて霞みのころもの縫い目をほどいて、解け目からみだれてなびいている青柳の糸。 |
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| 0074 |
白雲の絶えまになびく青柳の葛城山に春風ぞ吹く |
| しらくもの たえまになびく あおやぎの かつらぎやまに はるかぜぞふく |
| 白雲の切れている間から青柳がたなびいている、柳を鬘にするという葛城山に春風が吹いているのだ。 |
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| 0075 |
青柳の糸に玉ぬく白露の知らず幾代の春か経ぬらむ |
| あおやぎの いとにたまぬく しらつゆの しらずいくよの はるかへぬらん |
| 青柳の糸に通した白露、私は知らないけれど、幾代にわたって春が過ぎてきたのか、そして過ぎていくのか。 |
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| 0076 |
薄く濃き野辺のみどりの若草に跡まで見ゆる雪のむら消え |
| うすくこき のべのみどりの わかくさに あとまでみゆる ゆきのむらきえ |
| 野辺の草木の濃淡を見ていると、雪が残っている所と消えた所が良く分かるよ。 |
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| 0077 |
荒小田の去年の古跡の古よもぎ今は春べとひこばえにけり |
| あらおだの こぞのふるあとの ふるよもぎ いまワはるべと ひこばえにけり |
| 冬の間耕作してなかったので去年の古い蓬の枯れたままの田に春がやって来たと新しい芽が出てきたよ。 |
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| 0078 |
焼かずとも草は萌えなむ春日野をただ春の日にまかせたらなむ |
| やかずとも くさワもえなん かすがのを ただはるのひに まかせたらなん |
| 春日野は春の日の野なんですから、焼かなくても草は萌えてくるでしょう。春の日に任せるだけで十分と思います。 |
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| 0079 |
吉野山さくらが枝に雪散りて花遅げなる年にもあるかな |
| よしのやま さくらがえだに ゆきちりて はなおそげなる としにもあるかな |
| 吉野山の桜の枝に雪が散っているから今年は花の咲くのも遅いのかなあ。 |
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| 0080 |
桜花咲かばまづ見むと思うままに日数経にけり春の山里 |
| さくらばな さかばまずみんと おもうままに ひかずへにけり はるのやまざと |
| 桜が咲いたらすぐに見に行こうと思ってるうちに日にちばかり過ぎていってしまった。春の山里ではまだ咲いてるかなあ。 |
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| 0081 |
わが心春の山辺にあくがれてながながし日をけふも暮らしつつ |
| わがこころ はるのやまべに あくがれて ながながし日を きょうもくらしつつ |
| 私の心は、春の山辺に夢中になって、長〜い春の日を今日も過ごしているよ。 |
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| 0082 |
思ふどちそことも知らず行き暮れぬ花の宿貸せ野辺の鶯 |
| おもうどち そこともしらず ゆきくれぬ はなのやどかせ のべのうぐいす |
| 親しい仲間たちと一緒に、行く宛ても決めずに散策してたら日が暮れてしまった。鶯さん、あなたの花のお宿を貸してください。 |
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| 0083 |
いま桜咲きぬと見えて薄曇り春に霞める世のけしきかな |
| いまさくら さきぬとみえて うすぐもり はるにかすめる よのけしきかな |
| 今桜は咲いたようなんですね。空は薄曇りしていて春らしく霞んでいる世の中の眺め。 |
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| 0084 |
臥して思ひ起きてながむる春雨に花の下紐いかに解くらむ |
| ふしておもい おきてながむる はるさめに はなのしたびも いかにとくらん |
| 寝ては思い、起きては眺めている春雨ですが、その春雨に花はどのように気を許してほころんでくれるのでしょう。 |
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行かむ人来む人しのべ春霞立田の山の初さくら花 |
| いかんひと こんひとしのべ はるがすみ たつたのやまの はつさくらばな |
| 行く人も来る人も賞美して。春霞がたつ立田山に今年初めて咲いた桜の花を。 |
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吉野山こぞのしをりの道変へてまだ見ぬ方の花を尋ねむ |
| よしのやま こぞのしおりの みちかえて まだみぬかたの はなをたずねん |
| 吉野山で去年枝折りをして目印をつけておいた道を変更して、まだ行ったことない方の道を進んで花を尋ねましょう。 |
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葛城や高間の桜咲きにけり立田の奥にかかる白雲 |
| かづらきや たかまのさくら さきにけり たつたのおくに かかるしらくも |
| 葛城連山の高間山(金剛山)に桜が咲いた。だって立田山の奥に桜花が白雲のようにかかっているもの。 |
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| 0088 |
いそのかみ古き都を来て見れば昔かざしし花咲きにけり |
| いそのかみ ふるきみやこを きてみれば むかしかざしし はなさきにけり |
| 古き奈良の都に来て見たら、若かった頃によく髪に飾した花が咲いています。 |
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| 0089 |
春にのみ年はあらなむ荒小田をかへすがへすも花を見るべく |
| はるにのみ としワあらなん あらおだを かえすがえすも はなをみるべく |
| 一年中春だったら良いのになあ。荒田をくりかえし耕してくりかえし花を見られるようにね。 |
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| 0090 |
白雲の立田の山の八重桜いづれを花と分きて折りけむ |
| しらくもの たつたのやまの やえざくら いずれをはなと わきておりけん |
| 白雲のたなびく立田山の八重桜。見分けづらい中から、この花の枝を選んで折ったのか、お分かりでしょうか。 |
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| 0091 |
白雲の春は重ねて立田山をぐらの峰に花にほふらし |
| しらくもの はるワかさねて たつたやま おぐらのみねに はなにおうらし |
| 春になると白雲と白雲のような桜とかさなる立田山。立田山の小椋の峰に花が美しく咲き誇っているのでしょう。 |
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| 0092 |
吉野山花やさかりににほふらむ古里さえぬ峰の白雲 |
| よしのやま はなやさかりに におうらん ふるさとさえぬ みねのしらくも |
| 吉野山は花が満開となって美しく又芳しいのでしょうね。吉野の古里は暖かく峰の白雲は桜と見間違うばかりです。 |
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| 0093 |
岩根踏み重なる山を分けすてて花も幾重のあとの白雲 |
| いわねふみ かさなるやまを わけすてて はなもいくえの あとのしらくも |
| 岩を踏み、幾つもの山を分け入っては後にして来たが、幾重の花も後にして振り返ってみると幾重もの白雲のようです。 |
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| 0094 |
尋ね来て花にくらせる木の間より待つとしもなき山の端の月 |
| たずねきて はなにくらせる このまより まつとしもなき やまのはのつき |
| 花を見ようとやって来て、一日ぼ〜っと過ごしていたら、思いもよらず山から月が上がってきたのが木の間から見えました。オッー。 |
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散り散らず人も尋ねぬ古里の露けき花に春風ぞ吹く |
| ちりちらず ひともたずねぬ ふるさとの つゆけきはなに はるかぜぞふく |
| 散ったのかまだ散ってないのか人も花見に来ないので分からない。その古里に咲く露がいっぱいの花にも春風は訪れているでしょう。 |
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石上布留野のさくら誰植ゑて春は忘れぬ形見なるらむ |
| いそのかみ ふるののさくら たれうえて はるワわすれぬ かたみなるらん |
| 布留野の桜は誰が植えたんでしょうね。春になると必ず咲いて、昔をしのぶものになってます。 |
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| 0097 |
花ぞ見る道の芝草踏み分けて吉野の宮の春のあけぼの |
| はなぞみる みちのしばくさ ふみわけて よしののみやの はるのあけぼの |
| 朝がしらじら明ける頃、荒廃した芝草を踏み分けて吉野の宮に来てみると、花が咲いているのをみつけました。 |
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朝日影にほえる山の桜花つれなく消えぬ雪かとぞ見る |
| あさひかげ におえるやまの さくらばな つれなくきえぬ ゆきかとぞみる |
| 朝日が差す山に美しく咲く桜の花は、日の光を気に留めることなく消えない雪のように見えます。 |
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